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アーカイブ メディア展望 2025年12月号 井坂 公明
テレビはネットで新たなビジネスモデルを作れる?!「映像メディアの近未来」を探る-メディア激動研究所創立5周年記念セミナー
一般社団法人・メディア激動研究所は11月2日、「これからのメディア~テレビとネット 映像メディアの近未来~」をテーマに東京都内で創立5周年記念セミナーを開催した。
第1部では元総務省情報流通行政局長の小笠原陽一氏が「ネット時代の放送」と題して基調講演。同氏は「ネット時代であろうと、『放送のプロミネンス』(放送の社会的存在感)は必ず維持しなければならない。それは民主主義を維持していく上で必要不可欠だ」と述べ、特に災害などの緊急事態に、信頼性・公共性の高いコンテンツに国民がアクセスしやすい環境を整備する必要性を訴えた。
第2部ではメディア激動研究所客員研究員(元毎日新聞論説委員長)の倉重篤郎氏が「高市早苗政権の課題と展望」と題して時局講演。これらを受けて第3部のパネルディスカッションで、上智大学新聞学科教授の音好宏氏、日本民間放送連盟専務理事の堀木卓也氏、記者VTuber(元毎日新聞記者)の宮原健太氏、メディア研究者(元NHK放送文化研究所研究主幹)の村上圭子氏が登壇し、メディア激動研究所代表の水野泰志氏をコーディネーターに「テレビとネット 映像メディアの近未来」について意見を交わした。パネルディスカッションの概要を報告する。
水野泰志 10月からNHKのインターネット事業が必須業務化されて「NHK ONE」がスタートし、放送100年の節目に、NHKが放送だけでないメディアに変わるというエポックメーキングなタイミングになった。まず、映像メディアの現状の分析、深掘りを進めたい。
音好宏 Z世代が本当にテレビ離れが進んでいて、なおかつSNSにたくさん影響を受けているのではないのかという説が、世の中に出回っているが、もう少し丁寧に見た方がいい。結論から先に言うと、伝統的メディアよりもSNS情報を真実性を持って受け止めているのは結構上の世代なのではないか。SNSをとても使っているZ世代などの若者たちは、フェイクも入っているということを理解しながら向き合っているところが結構大きいのではないか。
私のところの学生たちは、SNSは社会の対立を煽るかもしれないけれども、多様な情報が出てくることはポジティブに捉えている。Z世代は、ちゃんと使い分けているような気がする。このことは基調講演で提起された民主主義問題などに、重要な問題を投げているのではないか。
水野 宮原さん、ネットでの体感みたいなもの、新聞での発信とは全く違う実体験を話してほしい。
宮原健太 今私、バーチャルユーチューバーといってアバターを使った形でニュース発信をやっている。例えば、今年の参院選なんかは、参政党が伸びているみたいな動画を出したら、再生回数が4万、5万、6万、7万といく。8万回再生すると3万円ぐらい広告収益が1本の動画で入ってきたりする。参院選の7月だけでユーチューブで20万円ぐらい広告収益として入ったという感じだ。
マスメディアの一番の特徴というのは一覧性と網羅性だ。ただ、ネットは基本的にバラ売りだ。自分の好きな情報とか、そこからレコメンドされてきたものとか、いわゆるエコーチェンバーとかフィルターバブルというものからは抜け出せていないと思う。その中においては、どうしても分断というものは進まざるを得ないし、解消するのはなかなか不可能だと思う。
水野 村上さん、NHKのインターネット事業の必須業務化の意味を深掘りしていただきたい。
村上圭子 NHKのネット活用業務の必須業務化は正しい選択だったのか。正直言って2030年から世帯数が減少していく中で、テレビを持っていない人からも受信料をいただくというのはNHKの悲願だった。経営判断として、やはりNHK自身を守っていくことが社会の中で民主主義を守っていくということにどこかで議論がすり替えられてしまったというのが私自身の理解だ。
必須業務化したことで失ったものが二つある。一つは契約していない人、テレビを見ない人、持っていない人に対するサービスは著しく減ることになった。もう一つは、ネット上で様々なコミュニティを作ったり、テレビとは違うコンテンツの作り方、発信の仕方というものがあったが、かなり縮小されてしまった。NHKがネット上でユニバーサルサービスとして提供しなければいけない人たちに届く回路を捨てたということ、それからネット時代に公共放送から公共メディアに進化する営みを捨てたというふうに思っている。
水野 もう一方の二元体制の一翼を担っている民放サイドの現状について伺いたい。
堀木卓也 ネットと放送が両立できるかと言われるが、情報やコンテンツのやりとりはネットが主軸となっている。専用電波で届ける放送の意義とか、社会的影響力は減っていくと思う。キー局はコンテンツをいっぱい作っており、コンテンツビジネスをどんどん増やしている。日本テレビやTBSは世界に打って出るということを考えている。ではローカル局はどうかというと、あまり(制作費がかかる自社)番組を作っていない。コンテンツビジネスは難しい。NHKと民放はどちらも長期低落傾向にある。そのくせ仲がこんなに悪くていいのか。やはり協調のための二元体制を前面に出した方がいい。
水野 現下の課題に放送行政の在り方がある。中でも衛星放送は超高精細の4Kから民放キー局が軒並み撤退する未曽有の事態が起きそうで、護送船団方式と言われてきた放送行政の挫折が現実となりつつある。
音 日本は何となく護送船団型のやり方というものがあるが、中に乗っている乗組員たちは、4Kだってすごく一生懸命やっているところもあれば、本当に乗っているだけというところもあり、その差は実は結構大事ではないか。
アメリカは1920年に世界で初めて放送サービスを始めたが、事業モデルは市場が決めるという考え方だ。それを見に行ったイギリスは私企業が私的利益を追求してしまうわけだから公サービスにならないのではないかと言ってBBCを作った。日本はそっち側に乗った。
NHKと民放が共同で次の時代をどう作るのかという議論とか、そこで行政と一緒に議論するのかというような、日本的なこれまでのやり方が、本当にアメリカのフリーエコノミーの中でビジネスモデルが決まるという形に、シフトしてしまっていいのか。それはプラットフォームが全部アメリカ化していくということと同じなのではないのかと思って、4K問題を見ていた。
村上 8Kに関しては間違っていたが、4Kに関してはそうとまでは言えないのではないか。新しい時代に注力するモデルが、放送で4Kなのか、配信で4Kに行くのか、それはもう個社の戦略なので、むしろ早くやめたいところはやめた方がいいと思う。その代わりトータルとしてコンテンツが4Kに向かっているということは間違いないので、コンテンツ振興としてお金を付けていただけることはすごく政策としていいと思う。けれども、放送に固執する必要はない。放送行政は護送船団から次のステージに行ったのではないか。
水野 総務省からするとローカル局を1局たりとも落ちこぼれがないようにということでやってきたが、もう完全に限界が来ているのではないか。
堀木 ローカル局の皆様に、東京ではいまだに護送船団なんだと言われていると言ったら、みんなびっくりするんじゃないか。「守ってもらってないし」って思うんじゃないか。ローカル局がきちんと利益が出るように政策的に誘導することがあるのかと言ったら、ないと思う。
水野 放送行政の規律が及んでいないネットの世界で、規律されないことのメリット・デメリット、信頼性を担保できるのかどうか、その辺りはどうか。
宮原 ユーチューブは無法地帯ですよね、本当に。どんな嘘八百を書いても、今のところそんなにバン(チャンネルの停止・閉鎖)されることはないのではないか。政治とユーチューブの関係で、政治の発信のネット規制とかそういうのも言われてると思うが、私はその規制というのは懐疑的に見ている。というのも、明らかな偽情報ではない、よく分からないラインがいっぱいある。ぎりぎりのラインで皆、陰謀論をやってたりする。非常に巧妙だ。そこら辺をユーチューブ側が見抜いてしっかり規制とかバンできるかというとちょっと厳しいんじゃないか。だから、メディア・リテラシーを頑張って増強させるしかないんじゃないか。
もう一つ、この間の参院選とかで思ったのは、ファクトチェック、大変行なわれたが、非常に無力だった。ファクトチェックってユーザー目線じゃなくて上から目線なんですよ。例えば、外国人労働者問題で、ファクトチェックでは外国人の犯罪率はそんなに高くないと盛んに言われたが、本質は犯罪率ではなく体感治安であると。隣に住んでいる人の声が大きいとか、ごみ捨てのマナーが悪いとか、犯罪まで行かない中でのいろんな軋轢が不安を生み、結局北関東では参政党が得票を伸ばした。
堀木 ファクトチェックのやり方が良くないんだと思う。伝統メディアが気をつけなきゃいけないのは、個人生活重視で、でも基本的に政治に非関与、無関心だった人たちが、今強い言説に惹かれ始めていることだ。それがよく分かったのが2024年だった。
宮原 私も新聞記者の時は読者の目線なんて全く考えてなかった。SNSとかユーチューブとかを記者がやれば、少なくとも反応が来るのでユーザー目線が分かる。無味乾燥なものではユーチューブでは見られないので、一定程度エッジをつけながら、でも陰謀論みたいに外れたようにはせず、バズりながらも常識、事実、見識の範囲内に収め、かついろんな人から建設的なコメントが付くような動画にできるのか。そこを探っていくのが大事なんじゃないか。
水野 2030年ごろの近未来の映像メディアはどんな感じになっているのか。果たしてネットと放送は共存できるのか。
音 一つは小笠原さんが問題提起されたように、この国は民主主義を標榜していくのかどうかという問題があって、それを維持するんだったら一定の規律はどうするのかという問題になるんだろう。ネット環境の中で一定の規律を持ったサービスがどういうふうに維持できるのかということを問う必要が出てくる。
在京民放局の方とお話しすると、この間の選挙のネット展開での新たな発見は、ネットは非常に早くオーディエンスの像を見ることができると。どの世代が反応しているのかを見ることができることがすごく意味があると。伝統的なメディアがネットにうまく入っていくことによってビジネスモデルを作っていくというのは十分あり得るのではないか。
水野 NHK ONEをはじめとして5年後の映像メディアはどんな状態になると想定するか。
村上 残念ながら今回の必須業務化っていうのは、やはりできることが制約されているんじゃないか。本当にそれでNHKが役割を果たし続けられるのか、社会に必要な存在であり続けられるのかに関しては、悩ましいところがある。放送の作り方を変えていくことで、ネット上でも役割を果たしリーチを広げていけるのか。でも、根本的に放送のメディアとネット上の伝え方、作り方というのは、だいぶ違う部分もあって、私自身ちょっと見えていない部分がある。
堀木 問題は、災害時も含めて、新聞もそうだが、報道・取材をしてそれをまとめて信頼できる情報を出していく、この営みのコストは一体社会の中で誰が負担するのか、ということだ。映像メディアということの前に、報道メディアとか報道機関をどう支えていけるのかということが、一番気になっている。これを全部自由競争に任せると、本当に日本は大丈夫なのか、というのが多分小笠原さんが言ったことにもつながるのではないか。
宮原 今の政治系ユーチューブメディアを見ても、例えばReHacQ(リハック)は高橋弘樹さんという名物司会者がいるし、PIVOTは佐々木紀彦さんがいる。非常に個人に紐付いている。私はネットの主戦場というのは、個人の発信だと思っている。だから、テレビでやっているものを流しても一定程度見られるとは思うが、名物司会者とかつくってそれで発信するのが割とセオリーなんじゃないか。(了)
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