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アーカイブ メディアウオッチ100 2025年04月21日第1888号 井坂 公明
朝日新聞社は3月3日、長野県の信濃毎日新聞社と「記事・コンテンツの相互利用」を柱とする包括的な連携を進める基本合意書を交わした。信毎が記事や写真などを朝日の夕刊と長野県版に提供する一方、朝日のコンテンツを信毎の紙面などに掲載する。若年層の紙離れや購読者の高齢化で新聞各社特に全国紙の部数減が止まらない中、朝日新聞も長野県を含め地方取材網の縮小を進めており、自社の記事を補うため地元ニュースに強い信毎に協力を求めたものとみられる。全国紙では既に毎日新聞が約20の地方紙から写真供を受けており、今後全国規模のメディアで地方のニュース取材を県紙などに頼る動きが広がりそうだ。
◇経済記事を朝日県版に、山岳関係記事を朝日夕刊に掲載
朝日新聞社によると、同紙と地方紙とのコンテンツの相互提供は、これまで岐阜新聞社(2001年から)、沖縄タイムス社(2011年から)と実施してきた。両紙からは地域のニュースや「おくやみ」などの配信を受け、朝日側からは科学記事などを提供してきたという。
今回の基本合意は、①記事・コンテンツの相互利用②データジャーナリズム等における協業③デジタル人材育成④業務の効率化・DX(デジタル化)―の4項目から成る。目玉となる記事・コンテンツの相互利用については、「信毎のコンテンツを、朝日の夕刊および長野県版に掲載することを検討します。夕刊には信州の山岳の魅力を伝える企画、県版には長野県内の経済トピックスを伝える企画等の掲載を想定しています」「一方で、朝日が紙面やデジタルに掲載・配信するコンテンツを信毎の紙面・デジタルで掲載・配信することも予定しています」としている。それぞれのクレジット(社名、署名)は明記する。具体的には4月14日から、信濃毎日新聞がデジタル版を中心に展開しているシリーズ「山と人と信州と」の朝日新聞夕刊(第2、第5月曜日)での連載がスタートした。また、データジャーナリズムの協業では、同一のテーマについて双方がデータ分析や取材を分担し、それぞれの紙面・デジタルに掲載。業務の効率化・DXでは、紙とデジタルの統合編集やデジタル編集・発信のノウハウなどを主に朝日側が伝える。
今回の合意について朝日新聞社は「朝日新聞にとっては地方取材網が縮小傾向にある中で上質なローカルコンテンツを読者にお届けしたいという課題があり、地方紙にはDX対応などに課題を感じているところもあると聞いている」(広報部)と信濃毎日新聞との戦略的な互恵関係構築を強調する。両紙の動向に詳しい新聞業界関係者は、「朝日側から県版などにニュースが欲しいと持ち掛けたのがきっかけ。地方の書き手が足りないのでそれを信毎に補ってもらいたい、と。一方、信毎が欲しい朝日のコンテンツはあまりない。そこで朝日の得意なDXやデジタル編集のノウハウを教えてもらいたいということになった」と舞台裏を解説する。
朝日新聞が地方紙と記事の相互提供を行うのは今回が初めてではないが、以前に比べ地方取材をめぐる環境はかなり悪くなってきている。日本新聞年鑑によると、朝日の取材拠点数は2005年(7月現在、以下同)には本社、支社も含めて292カ所、10年には296カ所を数えたが、15年には283カ所、20年は244カ所(本支社5、総局44、支局194、駐在1)まで漸減。それが24年には130カ所(本支社5、総局44、支局81)とほぼ半減した。支局だけで見ると、4年間で113も減らしたことになる。地方取材網が20年以降、劇的に細ってきているのだ。
長野県内を見ても、05年には長野総局のほか松本、上田、諏訪、飯田、伊那、大町、佐久の7支局を置いていたが、20年時点では伊那と大町の両支局がなくなって1総局5支局に、さらに24年には長野総局と松本支局だけとなった。4年間で4つの支局が廃止された。
こうした取材拠点の大幅削減の根拠となったのが、21年4月にスタートした「中期経営計画2023」(21~23年度)だ。中計には23年度末までに社員数を500人削減して3800人規模とし、中でも編集分野(記者、編集担当者)は400人減らして1700人体制を目指すとの趣旨が盛り込まれた。編集分野の削減数が全体の8割を占めることには、OBなどからも反発の声が上がった。長年にわたる部数の減少と売上高の落ち込みが大幅な人員削減の背景にあるのは間違いない。
◇地方権力の監視機能が弱体化、「ニュース砂漠」の可能性も
地方取材網が細ってきたという点では、他の全国紙もほぼ似たような状況だ。毎日新聞の取材拠点数は10年、15年には370カ所あったが、20年時点では191カ所とほぼ半減、24年には141カ所まで減った。毎日新聞記事データベース(毎索)で確認すると、毎日は共同通信に再加盟した10年4月以降、福島民報や北日本新聞など共同加盟の少なくとも19の地方紙から県版に記事や写真の提供を受ける契約を順次結んでいる。
また、共同通信は22年8月から、平日の夜間や日曜祝日に地方で起きた事件・事故の第一報などを地方紙が取材して共同に提供する「編集協力」を秋田魁新報との間でスタートさせた。共同の地方支局の記者を減らし、代わって加盟する地方紙が地元のニュースを提供していこうというのが基本的な発想だ。地方紙の部数減で収入(加盟社の分担金)が減り続け人員削減に手を付けざるを得ない共同と、支払う分担金をできるだけ減らしたい地方紙が協議を重ねた結果たどり着いた苦肉の生き残り策だ。様子見の姿勢を崩していない地方紙も少なくない中、3年ほどで試行段階も含め約20紙が参加するまでに拡大した。
全国紙や全国メディアが地方から撤退していけば、地方紙や地元テレビ局、NHKの比重が高まる一方、地方における報道の多様性は失われ、都道府県や市町村など自治体権力に対する監視機能も弱体化する可能性が高い。また、全国紙が東京や大阪を中心とするブロック紙化していき、県紙も過疎化の進行に伴って都市部とその周辺に縮小、経営難に苦しむ地域紙もさらに弱体化していけば、虫食い的に「ニュース砂漠」が生じてくる可能性も否定はできない。地方のニュース取材は厳しさを増すばかりだ。(了)
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