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    アーカイブ サンデー毎日 倉重篤郎のニュース最前線 2023/07/27 倉重 篤郎
    表からは決して見えない 政治を動かす「日本のフィクサー」 異色鼎談 田原総一朗×佐高信×森功
    安倍元首相を動かした葛西敬之 新自由主義推進の竹中平蔵 児玉誉士夫、そして政商たちの興亡史… 日本の深部をえぐる!
     表からだけでは政治は見えない。歴代首相には「フィクサー」がいた。中曽根康弘と親密だった児玉誉士夫、小泉純一郎と規制緩和を進めた竹中平蔵、安倍政権を動かした葛西敬之……。田原、佐高、倉重が、政界の裏を見据えてきた森功氏を迎えて、現代政治の闇の領域に踏み込む。
     世にはフィクサーと呼ばれる人たちがいる。
     フィクサーとは、政治や行政、企業活動における意思決定の際に、正規の手続きを経ずに決定に対して影響を与える手段、人脈を持つ人物を指す。政界フィクサーといえば、永田町の裏情報に通じ、時の首相ら政界の実力者たちに対して一定の影響力を有する人物だ。表の世界と、右翼や暴力団など裏社会とをつなぐ役割を担うこともある。
     私も政治記者の端くれとして、フィクサーたちを追ったことがある。画商が表看板の亡き福本邦雄氏もその一人だ。父が戦前の日本共産党指導者で「福本イズム」の主唱者・福本和夫で、産経新聞記者を経て60年安保当時は、椎名悦三郎官房長官の秘書官を務めた。歌人でもある。その異色キャリアと政治嗅覚から政界要人たちのご意見番となり、特に中曽根康弘、竹下登両元首相には食い込んだ。福本氏の画廊に何度通ったことか。政局の見立て、裏情報では随分お世話になった。
     表の世界と裏社会が横一線につながった実例にも出くわした。いわゆる「褒め殺し」事件だ。中曽根氏から竹下氏に首相の座がスイッチされる1987年のことだ。ある右翼団体が竹下氏を執拗(しつよう)に攻める街宣活動を行った。褒めて落とす巧妙な手口のため警察も規制できず、表での再三の説得活動も失敗、困った竹下陣営が最後に頼ったのが暴力団の裏ルートであった。蛇(じゃ)の道は蛇(へび)。竹下氏後見人の金丸信氏が東京佐川急便社長の渡辺広康氏を通じ、稲川会の石井進会長に仲介を依頼、石井氏がまた人を介して右翼団体と話をつけた。
     褒め殺し中止の条件は、竹下氏が田中角栄邸を訪れ謝罪することであった。褒め殺しの動機には、竹下氏が田中派を割って竹下派を起(た)ち上げたことに対する田中氏シンパの怨念(おんねん)があると言われた。竹下氏はこれを受けて田中邸に行くが門前払い、しかし、これを機に褒め殺し行為はぴたりやんだ。日本の首相という表権力をつくる過程で裏社会の助けを借りた、とも言える奇妙な事件だった。普通は表に出ない話だったが、フィクサー的役割を果たした渡辺氏が別件で逮捕されたことから驚くべき舞台裏が白日の下に晒(さら)された。私はといえば、石井氏と右翼団体の間に立った、と言われる京都の暴力団組長を取材したことを覚えている。
     フィクサーと聞くと、心ざわつくものがあるが、今はどうなっているのだろうか。永田町にその種の人たちはもういなくなったとも聞くが本当か。そんな中、2冊の本に出合った。ノンフィクションライターの森功氏の『国商 最後のフィクサー葛西敬之(JR東海前会長)』(講談社、22年12月)と、森氏と評論家・佐高信氏の対談本『日本の闇と怪物たち 黒幕、政商、フィクサー』(平凡社新書、23年6月)だ。お二方にジャーナリストの田原総一朗氏が加わり、「現代版、日本フィクサー事情」を語り合ってもらった。
    葛西が安倍政権を作って日本を歪めた
    佐高 森さんの『国商』は、従来取り上げられなかった葛西氏の安倍晋三元首相に対する影響力と、葛西氏の素顔を丹念な取材で描き出している。葛西氏こそ安倍政治の元凶だった、と。
    田原 僕は葛西氏には何度も会っているが、葛西氏の表の顔しか知らなかった。彼はフィクサーとして日本にとって悪いことしたの?
    森 一言で言えば、安倍政権をつくって、日本の統治機構を歪(ゆが)めてしまった。
    田原 どう歪めた?
    森 忖度(そんたく)の政治がそうだろうし、官邸官僚をつくり、官邸1強政治によっていろんな歪みをつくり出した。
    佐高 官邸官僚の中心が経産省出身の政務秘書官・今井尚哉(たかや)氏だった。森氏の取材によると、今井氏も実は葛西氏が若い頃から育て上げた役人の一人だった。今井氏の後ろには、はっきりと葛西氏が隠れていた。
    田原 葛西氏はこの国をどうしようと。
    森 再軍備や技術立国による強い国づくりではないか。
    佐高 それと憲法改正だ。
    田原 なぜ葛西氏に着目?
    森 安倍政権のいろんな問題点を追う中、一体誰が陰で動かしているのか、疑問に思い、取材するうちに葛西氏の存在にぶつかった。
    田原 安倍政権はどこが間違っていた?
    森 森友、加計(かけ)問題は安倍政権の傲慢さが出ている。
    田原 森友、加計は僕も気がつかなかった。だけどそれだけ?
    佐高 後は思想統制だ。教育勅語復活だとか。
    森 安倍政権の最大の罪は、官僚組織を破壊してしまったことだ。官邸官僚の一部の独裁にしてしまった。
    田原 政治主導の時代だ。
    森 要はバランスだ。官僚に操られる政治も問題だ。どちらかに極端に振れてしまうと、日本の統治機構そのものが壊れてしまう。
    田原 安倍氏はどう評価?
    森 国家観のない人だと。
    田原 国家観のある政治家、いないじゃない。歴代総理で。全部米国の子分だよ。
    森 田中角栄、中曽根康弘両氏にはあった。自分はこういう国づくりをしたい、という意志があったと思う。僕は安倍氏にそれを感じない。葛西氏には感じるが。つまり、葛西氏の受け売りを言っているだけで、安倍氏自身にはなかった。
    田原 総務省文書から、官邸官僚による放送法介入事件が明らかになった。一つの番組でも政治的公平を理由に行政対応できると。政権に批判的だったTBS番組を潰せると思った。安倍氏の意向を受けてやった。
    佐高 ボンボンたちは批判されるのを嫌う。権力によるメディア統制の罪もある。
    森 そこにも葛西氏が暗躍する。特にNHKだ。安倍氏の財界応援団「四季の会」のメンバーをNHKの経営委員に送り込み、会長人事をコントロールした。前会長の前田晃伸氏(元みずほフィナンシャルグループ社長)まで葛西人事と言われている。
    田原 なぜNHKをそこまで支配しようとした?
    森 葛西氏は、NHKは国営放送だと思っていた節がある。国のカネを使っているのに、国の政策に反した放送はおかしい、と平然と経営委員たちに言っている。公共放送という位置付けがよくわかってなかった。
    佐高 葛西氏は「公=国」と思っている。そこに葛西氏の錯覚がある。
    森 仰(おっしゃ)る通りだ。
    田原 葛西氏は自分が黒幕との自己認識はあったか。
    森 あったと思う。ことあるごとに安倍氏は葛西氏に相談していたから。
    田原 葛西氏以前の財界フィクサーは?
    佐高 中山素平(そへい)氏(元興銀頭取。財界の鞍馬天狗(てんぐ)とも言われた)とかね。葛西氏は中山的だ。表の顔もあるが、フィクサーも兼ねている。ただ、頭の中身は逆だ。中山氏はリベラルな経済人で「人の値打ちを役所に決めてもらうのはたまらん」と叙勲も終生断り続けた。
    中曽根と児玉、角栄と小佐野のコンビ
    田原 なぜ葛西氏みたいなフィクサーが誕生したか?
    佐高 政治家が小物になった分、葛西氏が役割を果たしているような感もある。今の時代に鎧兜(よろいかぶと)つけているような国士でもある。そこが安倍氏と強く共鳴した。
    田原 国士なんて全体主義だ。
    佐高 だが、どこかでそれを気取っていた。
    森 やはり山県有朋ですよ。そこに行きつくと思う。
    田原 岡義武著『山県有朋』(岩波新書)だ。山県が伊藤博文という友でありライバルを失った心境を語ったくだりを、葛西氏が亡くなった時の弔辞で安倍氏が引用、安倍氏の国葬で今度は菅義偉氏が引用した。
    森 あの本は葛西氏が安倍氏に権力のあり方をこれで学べと薦めた。「権力を簡単に手放してはいけない、最後まで持ち続けろ」とね。あの本は山県に対する岡義武氏の批判本でもある。
    佐高 葛西氏は自分流に脚色したのではないか。
    森 葛西氏は東大時代、岡義武ゼミに入っていた。
    田原 葛西氏までの人は今後は出てこない?
    森 スケール感はあった。名実ともに国を動かしていた。安倍氏がこの10年権力を握っていたのでそれができたということだと思う。
    田原 葛西氏は表の顔を兼ねたフィクサーだった。政治権力がフィクサーを使って裏社会と通じた例は?
    森 「褒め殺し」事件がそれだ。竹下氏側が右翼団体の褒め殺しをやめさせるために暴力団を動かした。
    田原 経過から言うと、右翼団体は田中角栄氏側に褒め殺しを頼まれた?
    佐高 田中氏側が直接頼んだかどうか、という問題と、田中氏に忖度して、という場合がある。
    森 角栄氏と親しかったのは佐川急便創業者である佐川清氏で、竹下氏側に立って褒め殺しを止めようと稲川会の石井進氏を動かしたのが東京佐川急便社長の渡辺広康氏だった。事件の背景の一つに、佐川、渡辺両氏というフィクサー同士のライバル、対立関係もあった。ただ、人間関係が複雑で真相は明らかではない。
    田原 戦後フィクサーの大物というと、ロッキード事件で登場した児玉誉士夫、小佐野賢治両氏にも触れざるを得ない。児玉氏は中曽根氏と近く、小佐野氏は田中角栄氏の刎頚(ふんけい)の友と言われた。そこで聞きたい。中曽根氏は一体、児玉氏を使って何をしようとした?
    森 中曽根氏は児玉氏を使って防衛利権を手に入れようとしたのではないか。P3C(哨戒機)を米国から輸入、その橋渡し、代理人をしたのが児玉氏だ。
    田原 ロ事件は、民間航空機輸入をめぐる贈収賄事件として田中氏が逮捕、立件されたが、実際にはこのP3C疑惑が本筋だったと言われている。なぜ検察はそこまで踏み込めなかった?
    森 検察は米国に提供された材料に乗っかっただけではないか。
    田原 検察も米国の子分だったということか。
    森 米国も検察も軍事には踏み込めなかった。日米同盟の本筋になってしまう。
    佐高 キャリアとノンキャリアでいえば、田中氏はノンキャリアに近い人なんでしょうね。同種のかばい合いがあったのではないか。
    田原 金権問題とロ事件で田中氏が全マスコミから叩(たた)かれている時、僕は「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」という論考を発表(『中央公論』1976年7月号)、田中氏はエネルギー戦略で米国から自立しようとして、その逆鱗(げきりん)に触れ潰されたとの仮説を唱えた。ロ事件も冤罪(えんざい)だと主張した。
    規制緩和を利権に変えた竹中平蔵
    森 確かにそういう側面はあったでしょうね。ただ、冤罪かというと僕はそうではないと思う。米国で(ロ事件捜査の)ゴーサインを出したのがキッシンジャー氏(米元国務長官)でしょう。最初から防衛利権に踏み込むつもりはなかった。落としどころでの許容範囲が田中氏だった、ということではないか。
    佐高 キッシンジャー氏は対中正常化交渉の先を越され、角栄氏に不快感を持っていたと言われる。逆に中曽根氏との交流が深かった。
    田原 小佐野氏は?
    森 田中氏の財布というイメージだ。
    佐高 田中氏が日刊工業新聞社から『日本列島改造論』を出した時、財界のお偉方何人かと座談会をやることになった。その際、田中氏は経団連トップクラスに名刺を配り出した、という。初対面だった。財界から政治資金をもらっていなかった。自前の財布は一時期までは小佐野氏だったんでしょうね。
    田原 さらに聞きたい。『日本の闇と怪物たち』という新書本では竹中平蔵氏についても1章設けている。竹中氏のどこが問題か?
    佐高 全部だ。小泉純一郎政権に取り入って極端な規制緩和を進め、日本破壊の今を象徴する人物だ。
    田原 竹中氏に全面依存したのは小泉氏だ。皆、小泉氏でなく竹中氏を批判する。
    森 竹中氏もフィクサーというか、政商的な人間だ。規制緩和という新たな利権を生み出し、ビジネスを展開、または自分自身のポジションを向上させていくのが竹中氏のやり方だった。
    田原 小さな政府を信奉する新自由主義者だった。
    佐高 私に言わせると、「新」ではなく「旧自由主義」だ。あらゆるルールを取っ払えというのはジャングルの弱肉強食に戻せということだ。公であるべきものも引っ繰り返した。特に労働法制を緩和し非正規労働者を大量に生み出し、パソナ会長としてその恩恵を受けた。ところで、岸田政権にフィクサーはいる?
    田原 いない。自民党で岸田氏に文句言える人はいない。小選挙区制で皆執行部のイエスマンになった。今の自民党の最大の問題が、ポスト岸田で手を挙げる人材のいないことだ。
       ◇   ◇
     権力には懐がある。山高ければその懐も広い。フィクサーや黒幕たちはその懐の中で暗躍した。権力の頂(いただき)が落ちた時、フィクサーたちも居場所を失う。今の永田町、そんなにおいがする。それは、表の権力そのものの衰微と連動している。田原氏指摘のお寒い限りのポスト岸田状況が象徴的だ。
    たはら・そういちろう
     1934年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。タブーに踏み込む数々の取材を敢行し、テレビジャーナリズムの新たな領域を切り開いてきた。近著に『さらば総理』
    さたか・まこと
     1945年、山形県生まれ。ジャーナリスト、経済評論家。著書に『逆命利君』『タレント文化人200人斬り』『西郷隆盛伝説』『佐高信の昭和史』『官房長官 菅義偉の陰謀』など多数
    もり・いさお
     1961年、福岡県生まれ。『伊勢新聞』『週刊新潮』などを経て、ノンフィクション作家に。2018年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一ノンフィクション大賞受賞。近著に『国商 最後のフィクサー葛西敬之』
    くらしげ・あつろう
     1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員
     サンデー毎日2023年8月6日号掲載



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