一般社団法人メディア激動研究所
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    アーカイブ 主席研究員・櫻井 元 エッセー 2023/07/11
    書店の片隅で考えた
     「狂騒のChatGPT」を特集した岩波書店の月刊誌『世界』7月号が発売されたのは、1ヵ月ほど前のこと。横浜市営地下鉄のセンター南駅前にある書店に行ってみたが、月刊誌の棚に『世界』が見当たらない。レジの女性にたずねたところ、端末で検索して「5冊入荷したので、在庫があるはずなんですが」という。
     若い男性店員が探すが、見つからない。奥から店長とおぼしき男性が出てきて、「売れ残りだと勘違いして、返してしまったのかも知れない」という。「ChatGPTが特集だから、売れると思ったがなぁ」。最後の言葉に救いを感じたが、翌日以降も『世界』は再入荷しなかった。
     仕方がないので、隣のセンター北駅前の別の書店へ向かった。レジの女性に聞くと、やはり端末で検索して「当店では『世界』の取り扱いがありません」という。「お取り寄せならできますが」
     結局、ららぽーと横浜の紀伊國屋書店で『世界』を買った。そういえば、『週刊朝日』の休刊特別増大号を探して歩いた時も、最後はこの書店で「第3刷」を見つけた。ここの雑誌売り場で『創』や『自由』などを立ち読みしながら、お客さんの動きを見ていると、そりゃ『世界』や『週刊朝日』は売れないよな、と痛感する。たとえば、後期高齢者の男性だと思われるが、時間をかけて『週刊文春』『週刊新潮』を立ち読みしたあと、月刊誌『WILL』を手にとって、意気揚々とレジへ向かう人がいる。このところ、没後1年を迎えた安倍晋三氏の「喪失感」や「遺産」を売りにしている保守系の月刊誌が平積みされている。
     そういえば、『世界』8月号の特集も「安倍政治の決算」だ。
     月刊誌は書店で買いたい、と思ってきた。雪の秋田では、駅前の書店まで歩いて行くのが億劫で、近所のセブンイレブンで『文藝春秋』を買ってしまったこともあったが……。
     さかのぼること42年、駆け出しの新聞記者だったころ。鹿児島市の天文館の書店で、『文藝春秋』『中央公論』『現代』『世界』……と平積みにしてある月刊誌の端に『さぶ』『アドン』という見慣れない雑誌を見つけた。手にとって開いてみると、男性のふんどし姿がグラビアを飾っている。『さぶ』は2002年まで、『アドン』は1996年まで刊行されたゲイ雑誌だった。
     当時、鹿児島市の中心、西郷隆盛像の隣のビルに住んでいた。部屋から、鹿児島中央公園の一角が見下ろせる。深夜、数人の男性たちが集まり、何やら立ち話をしている。そのうちに2人ずつ、消えていった。
     翌朝、鹿児島中央署の刑事さんに「覚せい剤のやりとりじゃありませんか」とたずねた。「そうじゃなか。自分で行ってみりゃ分かろうもん」とニヤニヤしている。
     記者仲間の一人が、酔い覚ましに公園を歩いていて、男性に追いかけられた。彼は走って逃げて、公園のそばで客待ちをしていたタクシーに飛び込んだ。すると運転手さんが「お客さん、もしよかったら助手席へ来ませんか」と誘った。
     近くには、「男性カップル歓迎」のラブホテルもあった。公園で出会い、ホテルを使った男性2人のトラブルが、刑事事件に発展したこともある。
     自分で深夜の公園に飛び込まなくても、だんだん分かってきた。薩摩藩の郷中(ごじゅう)教育には、ジャニーズ事務所に似た影の部分があり、その風土が残っていたため男性同性愛者向けの雑誌が売れたのだ。
     ある朝、鹿児島中央署の若い外勤(今は地域課というのか)のお巡りさんから「ちょっと聞いてくださいよっ」と声をかけられた。「きのう、非番で飲んだあと、中央公園のトイレで用を足していて、後ろから男にギュッとつかまれたんです。コノヤローとタイルの床に投げ飛ばしたが、私服で警察手帳も持っていなかったので、『今度やったら、逮捕するぞ』と言うしかなかった」。柔道の有段者が怒り心頭だ。「逮捕して、ぜひ教えてよ。お手柄の記事にするよ」
     1ヵ月ほど経ったころだったか、同じお巡りさんが駆け寄ってきた。「逮捕しましたっ。公然わいせつ容疑の現行犯。男同士、ベンチでいちゃついておったとです」。まじめな顔で容疑内容を詳しく説明してくれて「これ、新聞記事になりますか」。「いやぁ、新聞はちょっと難しいかも。考えてみるね」
     支局に帰ってデスク(次長)に相談したら、「『デキゴトロジー』に売り込んでみるか」と言う。ウソのようなホントの話――そんな笑い話を集めた『週刊朝日』の名物連載。新人記者なんて相手にされないのでは、と心配したが、ほとんど原稿を直されることもなく、「デキゴトロジー」に初めて採用された。原稿料をもらってこちらも嬉しいし、お巡りさんは「週刊誌に載りましたか」と大喜びだった。
     その後も何度か、新聞に載せるのはちょっとキツいが面白い、というネタを『週刊朝日』に書かせてもらった。あのステージはもう戻って来ない。
     街の書店から『週刊朝日』が姿を消し、『世界』は入荷しなくても平気。それでいて、保守系雑誌は安倍さんをタイトルにうたう限り、軒並み売れている。何だかバランスが悪いな――と誰も思わないのだろうか。
     ところで、『レコード芸術』(音楽之友社)の最終号は、どこかの書店に残っていませんか。
                              (2023年7月11日)



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