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アーカイブ 主席研究員・櫻井 元 エッセイ 2026/02/18
ミラノ・コルティナ冬季五輪の開会式のフィナーレで、「オリンピック賛歌」を情感込めて歌い上げたのは、イタリアのメゾ・ソプラノ歌手チェチーリア・バルトリさんだった。NHKの録画を観ているうちに、鮮やかにあの場面がよみがえった。
1999年5月23日(日)夜のベルリン・フィルハーモニー。開場してまもなく、人もまばらなロビー。自席に向かって歩いていると、片隅で男性客が差し出すプログラムにサインをしているバルトリさんに気づいた。あれっ、2曲目にモーツァルトの「戴冠ミサ」(指揮・ダニエル・バレンボイムさん)を歌うのに、ロビーにいて大丈夫なの、と思いつつ、プログラムとボールペンを手に「僕もいいですか?」とおねだりしてしまった。
「もちろん、いいわよ」。笑顔でサッとサイン、「楽しんでね」とドイツ語で言われた。動転してイタリア語の“Grazie”とも言えず、“Vielen Dank”(どうもありがとう)とだけ返すと、バルトリさんは小走りに楽屋の方向へ去っていった。ああ、これからドレスに着替えるんだ。
その半年後の11月21日(日)夜のフィルハーモニー。開演前に、右後方から「アンゲラよ」というささやきが聞こえてきた。振り返ると、5列ほど後ろだったか、物理学者のご主人とともに、アンゲラ・メルケルさんが着席しようとしていた。いつになく、恥ずかしそうな笑顔で、「いま野党だから、ちょっとヒマなのよね」「日曜の夜だから、ダンナを連れてきてもいいよね」――そんな思いがにじんだかな、と想像した。
この夜のプログラムは、ギュンター・ヴァントさん指揮のブルックナー「交響曲第7番」の1曲だけ。19日から21日まで3日間の同一プログラム演奏を録音・編集して、CDの名盤が生まれた。メルケルさんの含羞は、そのCDを聴くたびに思い浮かぶ。
新聞社の特派員は、それこそ「働いて働いて働いて……」当然という時代。時差の関係で日本は早朝だからいいじゃないか、と開き直ることもできず、ずっと黙っていた(音楽好きの同僚だけに、ささやいたかも知れない)。
当時32歳、今や世界のメゾ・ソプラノの女帝バルトリさん。当時45歳の野党議員からドイツ史上初の女性宰相に昇りつめたメルケルさん。二人の笑顔に接したのは、ベルリン・フィルハーモニー。四半世紀を経て打ち明ける「プチ自慢」です。
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