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    アーカイブ PRESIDENT Online 2021/03/01 水野 泰志
    「菅首相の長男との"仲間意識"」総務省幹部の規律が緩みきっていた根本原因
    ついに山田内閣広報官も辞任
    「携帯電話値下げ」の谷脇審議官は次官昇任目前だった
     総務省は、2001年(平成13年)の中央省庁再編により、自治省、郵政省、総務庁を統合して設置されたマンモス官庁。その総務省に「文春砲」が放った菅義偉首相の長男が絡んだ接待問題は、旧郵政省出身の総務審議官(事務次官級)に連なる大量の幹部が「違法接待」を受けたとして懲戒処分となり、首相官邸や霞が関を揺るがす「大事件」に発展中だ。旧郵政人脈の自壊で、菅首相の「天領」といわれる総務省は、今、旧自治官僚の天下になろうとしている。
     総務省は2月24日、総務省接待問題で国家公務員倫理規程が禁じる「利害関係者からの違法接待や金品贈与」を受けたとして、9人を懲戒処分にした。
     国家公務員の懲戒処分は免職、停職、減給、戒告の4段階あり、戒告を受けると1年間、減給処分は1年半、停職の場合は2年間、昇任できなくなる。
     今回の懲戒処分の筆頭は、菅政権の目玉政策である携帯電話値下げを指揮し、次期事務次官の最有力候補と目されてきた谷脇康彦・総務審議官(1984年、郵政省入省)だ。4回にわたる会食で飲食代やタクシー券など計約11万8000円の接待を受けたとして、減給10分の2(3カ月)の処分が下り、昇任は絶望的になった。官僚トップの座を目前にしての挫折は、悔やんでも悔やみ切れないに違いない。
    旧郵政省の出身者ばかりが根こそぎ処分された
     「文春砲」に狙い撃ちされた4人組のうち、谷脇氏と同格の元情報流通行政局長の吉田真人・総務審議官(1985年、郵政省入省)は減給10分の2(3カ月)、すでに更迭された秋本芳徳・前情報流通行政局長(1988年、郵政省入省)が減給10分の1(3カ月)、やはり更迭された湯本正信・前情報流通行政局担当総括審議官(1990年、郵政省入省)は減給10分の11(1カ月)の処分となった。
     また、総務省の内部調査で「違法接待」が明らかになった吉田恭子・情報流通行政局衛星・地域放送課長(1994年、郵政省入省)、井幡晃三・同局放送政策課長(1993年、郵政省入省)、元同局担当総括審議官の奈良俊哉・内閣審議官(1986年、郵政省入省)の3人が減給10分の1(1カ月)とされた。
     戒告は、元同局衛星・地域放送課長の玉田康人・官房総務課長(1990年、郵政省入省)と豊嶋基暢・同局情報通信政策課長(1991年、郵政省入省)の2人。
     ほかに、懲戒処分までには至らない総務省内規に基づく訓告および訓告相当が1人ずつとなった。
     処分を受けたのは、放送行政を担当する情報流通行政局の歴代局長や幹部が中心で、旧郵政省の出身者ばかり。総務官僚の中でも、旧郵政人脈の実力者が根こそぎ処分されたのである。
     いずれも順調に出世階段を上ってきたキャリア官僚たちだが、今後の官僚人生に影響が出ることは避けられそうにない。
    計11チャンネルを運営する「東北新社」は明白な利害関係者
     一連の処分とは別に、情報流通行政局長や総務審議官を務め、総務省を退官した山田真貴子内閣広報官(1984年、郵政省入省)は、在職中に7万4000円超の「違法接待」を受けたことが明らかになり、給与10分の6(1カ月)を自主返納することになった。
     これらの処分を呼んだ「違法接待」は、菅首相の長男・正剛氏が勤める放送事業会社「東北新社」によるもので、判明しただけで2016年から2020年にかけて延べ39件、総額約60万円、うち21件に正剛氏が出席していた。
     「東北新社」は、計11チャンネルの衛星放送を運営しているため、総務省が許認可権を持っており、利害関係者そのものであることは明白。放送行政の中枢を担ってきた官僚なら、知らないわけはない。
     だが、谷脇氏は2月22日の国会で、正剛氏らについて「利害関係者との認識はなかった」と答え、そのしらじらしさには失笑が漏れた。
     秋本氏も湯本氏も当初、「利害関係者だとは思っていなかった」と弁明したが、こんなとぼけた釈明が通用するはずもない。放送業務に関わる話題についても、「記憶がない」とシラを切っていたが、「文春砲」の第2弾で会食の際の音声が暴露されると、一転して認めるというお粗末な展開をたどった
    「違法接待」をする側もされる側も「確信犯」
     菅首相のお気に入りと言われる山田真貴子内閣広報官は、総務省の調査に「菅首相の長男と会食した明確な記憶はない」と回答、キーマンの正剛氏とことさらに距離を置こうとしたが、結局、「違法接待」を受けたことを認めざるを得なくなった。
     山田氏は3月1日の衆院予算委員会で野党の質問に答える予定だったが入院して欠席。そのまま辞任した。
     総務官僚が懲戒処分を受けたことを踏まえ、「東北新社」も2月26日、二宮清隆社長が引責辞任、会食を主導した三上義之取締役執行役員と木田由紀夫執行役員を解任、メディア事業部統括部長の正剛氏を懲戒処分にして人事部付に更迭した。
     「違法接待」は、たまたま行われたのではない。接待する側もされる側も、責任を取って辞職したのだから、あらかじめ認識していた「確信犯」だったことを自ら明らかにしたようなものだ。
     山田氏は2月25日の国会で、「東北新社」以外の放送事業者とも会食していることを明かした。1年前には、若者向け動画メッセージで、自身の歩みについて「飲み会を絶対に断らない女としてやってきた」と振り返っている。つまり、総務官僚と利害関係者の放送事業者との会食や懇親会は、日常茶飯事であることを認めたのだ。
    「東北新社の接待」は、氷山の一角にすぎない
     秋本氏は、2月15日の国会で「『東北新社』以外の放送事業者と会食したことはない」と明言したが、情報流通行政局長の前々任者である山田氏が吐露した内容とは、真逆。どちらが実態に近いかは、推して知るべしだろう。
     放送事業者にしてみれば、許認可権をもつ総務省との意思疎通は最優先事項で、「総務省詣で」は必須。まして幹部との交流は、各事業者の総務省担当者にとっては手腕を問われる重要テーマだけに、さまざまな名目で会食の場が設けられていたようだ。
     「東北新社」の接待は、たまたま露見しただけで、氷山の一角にすぎないことは容易に想像がつく。
     とはいえ、絶対的証拠を突きつけられない限り事実関係を認めない官僚の姿は、安倍晋三政権下の「森友・加計学園」問題と重なる。
     なにしろ、今回の「違法接待」でも、総務省の調査では、懲戒処分になった官僚が自発的に名乗り出たケースは皆無で、「東北新社」から提供された接待リストを突きつけられて初めて会食の有無を認めたというのだから。
    総務省ナンバー2のポストにありながら、倫理規定を全く無視
     もっとも、情報交換や情報収集のためにコミュニケーションを深めることは、一概に問題があるとは言えない。むしろ、まっとうな政策を立案・遂行するためには不可欠ともいえ、奨励する向きすらある。これは、総務官僚に限らず、霞が関官僚の基本的なスタンスだろう。
     だが、ややもすると、「東北新社」のような利害関係者による「違法接待」が起きかねない。
     山田氏は、放送事業者との会食について「ルールにのっとって対応してきた。基本的には割り勘」と強調したが、総務省ナンバー2のポストにありながら「利害関係者と会食→常識外れの高額接待→総務省に報告せず」と倫理規定をまったく無視したのだから、山田氏の説明をそのままうのみにするわけにはいかない。
     後輩たちが「接待漬け」に鈍感になるのもむべなるかな、である。
     山田氏は「違法接待」を受けた理由を「心の緩み」と語ったが、今や総務省全体の心が緩み切っているのではないだろうか。
    “仲間意識”で安心して「違法接待」を受けた?
     今回の「違法接待」では、「総務官僚は、菅首相の息子に誘われたら断れない」と総務省人事を牛耳る菅首相ににらまれるのを恐れて心ならずも会食に応じざるを得なかった旨の報道が目につくが、実情はいささか異なるようだ。
     菅首相について「自分に徹頭徹尾従った人には人一倍の恩義を感じ、報いようとする。逆に、抵抗すれば干す」と評した元総務官僚がいた。
     なるほど、現在の総務省幹部は基本的に菅首相の眼鏡にかなった人物であり、かつて菅総務相の政務秘書官を務めていた正剛氏とは旧知でもある。それだけに、仲間意識で安心して「東北新社」の「違法接待」を受けたという見方がある。官僚の心理としても、権力者の息子と懇意になればプラスに働き、うまく取り入れば出世も早まるという思惑が働いてもおかしくない。
     一方、放送事業者としては後発の「東北新社」は、「権力者の息子」をフルに活用して、衛星放送事業を拡大してきたともいえる。
    やはり「東北新社」は「特別」だった
     衛星放送業界は、新規参入による競争激化や衛星利用料の負担軽減といったさまざまな懸案を抱えており、許認可権をもつ総務省とのパイプを太くしておくのに越したことはない。いささか高額な会食でも、特段の便宜を図ってもらったり極秘情報をいち早く入手できたりするのであれば、安い出費だろう。
     「違法接待」が繰り返されている最中の2018年5月にはCS放送「囲碁将棋チャンネル」の新規参入が認められ、2020年12月にはBS放送「スター・チャンネル」の事業認定が更新された。
     やはり「東北新社」は「特別」だったことをうかがわせる。
     武田良太総務相が「違法接待」で「行政がゆがめられたことはない」と訴えても、額面通りに受け止める向きはいない。
     菅首相は総務省の調査結果が明らかになった2月22日、「長男は別人格」という従来の主張を一変し、「長男が関係した結果、公務員が国家公務員倫理法違反をすることになった。大変申し訳なく、お詫びを申し上げたい」と陳謝せざるを得なかった。
     首相官邸や総務省の右往左往ぶりは、突然撃ち込まれた「文春砲」の衝撃の大きさを物語っている。
    次代の有望株を軒並み処分され、旧郵政人脈は壊滅状態
     菅首相への批判は収まりそうにないが、菅首相のお膝元の総務省では地殻変動が起きようとしている。
     総務省は、統合官庁の常で、自治省、郵政省、総務庁の3省庁は容易に交わることはなく、幹部人事も新人採用も別々に行われるという時代が長く続いた。
     トップの事務次官も3省庁によるたすき掛けが続いたが、その後、総務庁人脈が払底して次官を送り出せなくなると、旧自治官僚と旧郵政官僚が主導権争いでシノギを削るようになった。男性アイドルグループ「嵐」の桜井翔の父親で知られる桜井俊氏は、郵政省出身次官の1人だ。
     そんな中、旧郵政官僚の鈴木茂樹前次官が2019年末、日本郵政グループに対する行政処分問題で、任期を全うできずに辞職。さらに、今回の「違法接待」で、旧郵政人脈トップの谷脇氏が一敗地にまみれ、続く吉田氏も、さらに続くはずだった秋本氏も、致命的な懲戒処分を受けた。
     次代の有望株も軒並み処分され、旧郵政人脈は壊滅状態に陥った。当面、次官を狙えるような傑物は見当たらず、隠忍自重の日々が続くことになりそうだ。
    タナボタで総務省の主導権を握る旧自治官僚
     こうした動きを静かに見守っているのが、旧自治官僚だ。
     旧郵政人脈が自壊すれば、必然的にライバルがいなくなり、次官を継続的に輩出できるようになる。次官の任期は通例1年なので、どの入省年次も官僚トップの座を射止められるというわけだ。
     内務省の流れをくむ旧自治官僚は、霞が関の中でも逸材がそろっていると言われてきた。タナボタとはいえ、巡ってきたチャンスを生かさないはずがない。まさに旧自治官僚の天下がやってこようとしているのだ。
     旧自治官僚は、総じて旧郵政官僚ほど菅首相と濃密な関係にはないとされる。総務省内における旧郵政官僚の地盤沈下は、菅政権が推進する携帯電話値下げやNHK受信料値下げの看板政策にも影響を及ぼしかねない。
     かつて長男を「東北新社」に送り込んだことから始まった不祥事だけに、菅首相は総務省接待問題で日ごろの辣腕らつわんを振るうこともままならなかった。身から出たサビとはいえ、盤石だったはずの足元さえ揺らぎ始めている。



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