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    アーカイブ PRESIDENT Online 2021/11/17 水野 泰志
    昔は究極の就職先だったのに…なぜ霞が関のキャリア官僚は「不人気職場」に変わったのか
    長時間労働より深刻な"ある原因"
    「優秀な学生が集まらない」霞が関官僚のほころび
     岸田文雄政権が総選挙を乗り切り、第2次岸田内閣が11月10日に発足したが、あらためて政権を支える霞が関官僚とのパワーバランスが問われている。
     安倍晋三政権から続く強権的な「官邸主導」の政治体制の下で、中央省庁の官僚の士気は著しく低下、若手官僚の退職者が続出する一方、総合職(キャリア官僚)志望者も激減し、たぐいまれな有能集団のほころびが顕著になった。自由闊達かったつな議論が失われ「物言えば唇寒し」の中、コロナ禍での行政の不手際や法案をめぐる失態も目立っている。
     岸田政権は、「聞く力」を発揮して、「もう、やってらんない」とこぼす萎えた官僚群を奮い立たせ、「政」と「官」との関係を修復できなければ、足元から揺らぐことになりかねない。
    総務省職員の3割は「仕事に誇りもてず」
     菅義偉政権下で最も傷ついた中央省庁の筆頭が、菅首相のエンジンとなっていた総務省だったのは皮肉というしかない。
     菅首相の長男が勤務する放送事業会社「東北新社」に始まった「総務省接待事件」は、ナンバー2の総務審議官をはじめ前代未聞の大量処分に発展し、情報通信行政を担ってきた中核の幹部職員が軒並み霞が関を去るという異常事態に陥った。
     「接待事件」が行政に与えた影響を検証していた第三者委員会「情報通信行政検証委員会」(座長・吉野弦太弁護士)は、菅政権が退陣する直前の10月1日に最終報告書をまとめ、「公務のあるべき姿を見失っていた」と厳しく指弾し、国民の信頼を損なったことを強調、情報通信行政が負った傷の深さを浮き彫りにした。
     最終報告書は、総務省を揺るがした「接待事件」に一応の区切りをつけたが、実は、そっと添えられた資料の中に、総務省職員の「士気の低下」が歴然とわかる調査報告があった。
     検証委員会の求めで実施した情報通信行政に携わる職員向けの「組織風土や仕事の進め方に関するアンケート」(回答数:管理職から係員級まで280人)で、「総務省で働いていることに誇りを持っているか」との問いに、「そう思わない」4.6%、「あまりそう思わない」8.9%、「どちらとも言えない」16.8%と、約3割の職員が「仕事に誇りをもてない」と答えたのである。
     逆にいえば、「国家公務員の矜持をもって総務省再建に心を砕こうという職員は3人に2人しかいない」ということになる。「情報通信行政の再興」の担い手の意識としては、あまりに寂しい数字ではないだろうか。
    モチベーションの高い職員は半数にも満たず
     深刻なデータは続く。
     「現在、モチベーションが高く仕事ができている」と答えた職員は46%と、半数にも満たなかったのだ。
     さらに、「これまでのキャリアの中でモチベーションが下がる瞬間があったか」との問いには、87.1%が「ある」と答えた。
     その理由(複数回答)として、2人に1人が「残業が多い、忙しい、休みがない」51.6%、「上司、部下との人間関係に問題がある」48.0%、「職場で問題事案や理不尽なことがあった」46.3%と労務上の問題を挙げ、約2割が「職場で仕事ぶりや頑張りが評価されない」20.9%、「国民や行政の対象者等から評価されない」17.6%といったがんばり度が伝わらないむなしさや不満を訴えた。
     また、「省内に尊敬(信頼)できる上司や同僚がいる」と答えた人は8割にとどまり、「今の職場では、自由に意見を言うことができる」との問いにも、約3割が「イエス」とは言わなかった。
     ある程度の士気の低下は推察されていたが、アンケート結果を見た総務省関係者は「衝撃的な数字」と驚きを隠さない。「永田町と霞が関のパワーバラスが崩れて、官僚の裁量の余地がなくなり、面白いことを考える力が落ちてしまった」とため息をつく。
     最終報告書は、「一連の幹部職員の行動が、若手をはじめとする個々の職員の誇りを大きく傷つけ、仕事に対するモチベーションを低下させるとともに、幹部に対する信用を失墜させたはずである」と結んでいる。
     官僚の士気の低下は中央省庁全体に広がっているといわれるが、総務省では、前代未聞の「大事件」が拍車をかけたとみることができよう。
     官僚群が有能集団であるためには高い倫理観と知見が必須だが、もっと重視されなければならないのは公僕として国家・国民のために働こうという「意欲」なのだ。
    バラマキ合戦を批判した「心あるモノ言う犬」
     もう一つ。
     安倍政権下で起きた「森友・加計問題」の舞台となった財務省で、岸田政権の発足直後に、「政」と「官」の関係を問うシンボリックな「事件」が起きた。
     10月8日に発売された『文藝春秋』11月号に、財務省の矢野康治事務次官が寄稿した「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」と題する一文が掲載されたのである。「官」のトップである現役の財務次官が「政」を真正面から批判する文章を対外的に発信するのは、きわめて異例だ。
     矢野次官は、自らを「心あるモノ言う犬」と称し、与党を中心とする経済政策論争を「バラマキ合戦」と批判。日本の財政事情を「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」と例え、「このままでは日本は沈没してしまう」と警鐘を鳴らした。
     そして、バラマキ政策の弊害をもっともわかっている財務省が黙っているのは「不作為の罪」と断じ、財務官僚としての矜持を示そうとしたのである。
     さらに、後藤田正晴元官房長官が官僚に訓示した「後藤田五訓」の「勇気をもって意見具申せよ」を引き合いに出して吏道の心得を説き、「国家国民のため、社会正義のため、政治家が最善の判断を下せるよう、自らの意見を述べてサポートしなければならない」と論じた。
     続けて、「政治主導」「官邸主導」が標榜されているからといって、指示待ちを決め込んだり、黙して服従するのは「血税ドロボウ」と自嘲。「公僕は、余計な畏れを捨て、己を捨てて、日本の将来をも見据え、しっかり意見具申せねばならないと自戒している」と記したのである。
    行き過ぎた「官邸主導」で霞が関は沈黙
     「政」と「官」のまっとうなあり方を訴えた寄稿に、衆院選が目前に迫った政界は動揺した。
     政府の松野博一官房長官は「財政健全化に向けた一般的な政策論について私的な意見を述べたもの」と平静を装ったが、安倍元首相は強い不快感を示したといわれ、自民党の高市早苗政調会長が「大変失礼な言い方だ」と激しく反発、公明党の山口那津男代表も「財源の制約も考え配慮している」と反論した。
     そんな過敏ともいえる反応が飛び出しのは、「政」が「官」の優位に立つ政治力学にたっぷり漬かった面々には、矢野寄稿は「官僚の分を超えた」と映ったからにほかならない。
     安倍・菅政権時代を通じて、「官」の苦悩はだんだん深まっていった。官邸に政策決定の主導権を奪われて専門知に基づく意見を言うこともはばかられ、内閣人事局に人事権を握られて「官邸の意に沿わないと飛ばされる」という恐怖心から官邸の顔色ばかりをうかがうようになった。
     その結果、霞が関全体が萎縮し、「忖度(そんたく)」や「公文書改竄(かいざん)」というかつてない弊害を生み出した。
     行き過ぎた「官邸主導」で、霞が関は沈黙し、政策立案能力は日増しに低下したといわれる。「官」のフラストレーションはたまる一方で、忸怩じくじたる思いで日々を過ごしてきたに違いない。
     岸田政権発足に合わせて披歴された矢野寄稿は、まさに財務省ひいては霞が関官僚の想いを代弁する直截な物言いであり、「政」と「官」の関係修復への期待を込めた願いとも言える。
    「働く魅力がない」若手官僚の退職者は激増
     こうした実態が、霞が関官僚の士気の低下を生んだ主因となったことは容易に察せられる。
     とくに、若手官僚の喪失感は半端ではないようだ。
     内閣人事局のまとめによると、自己都合を理由とする20代総合職の退職者は、2013年度には21人だったが、18年度に64人、19年度には86人と、6年間で4倍以上に激増した。
     20年度も、NHKの取材で明らかになっただけで、総務省14人、国土交通省8人、厚生労働省6人、文部科学省6人、防衛省2人という。
     各省庁とも毎年、総合職で入省する幹部候補生は20~30人程度だけに、難関をくぐり抜けて採用された優秀な人材の流出は「国家的な損失」ともいえる。
     また、内閣人事局が19年末に実施した国家公務員の意識調査(回答数:約4万5000人)では、30歳未満の若手職員のうち「3年以内に辞めたい」という意向をもっている人が、男性で7人に1人、女性は10人に1人に上った。
     その理由のトップ3は、男性が「もっと自己成長できる魅力的な仕事に就きたい」49%、「収入が少ない」40%、「長時間労働で仕事と家庭の両立が難しい」34%。女性は「長時間労働で仕事と家庭の両立が難しい」47%、「もっと自己成長できる魅力的な仕事に就きたい」44%、「収入が少ない」28%と続いた。
     若手職員が「官僚として働く魅力がない」と感じているのであれば、「霞が関の停滞」は「霞が関の衰退」につながっていく。
    「ブラック職場」に尻込み…学生の官僚離れが止まらない
     官僚の成り手も激減している。
     人事院によると、21年度の国家公務員総合職試験の申込者数(春季+秋季)は1万7411人。志望者の減少は5年連続で、前年度から2515人(12.6%)も急減、現行の採用方式となった12年度以降で最低となった。
     近年の志望者の減少傾向は加速しており、12年度に比べ3割も落ち込み、ピークの1996年度4万5254人に比べると、実に6割も減っている。当然のことながら、合格の倍率は、96年度の28.6倍から21年度(春季)の7.8倍へと、大幅に下がった。
     総合職といえば東大のイメージがあるが、東大出身の合格者数は15年度に459人(26.6%)だったが、21年度(同)には256人(14.0%)と、わずかな期間で半分近くになってしまった。
     官僚の道を選ぶことに尻込みする学生が激増しているのだ。異常といってもいいほどの数字の落ち込みは、霞が関の魅力が低下していることを如実に物語っている。
     「霞が関のブラック職場化」の話題がしばしば取り上げられるようになり、かつて「究極の就職先」ともてはやされた霞が関への入り口を目前にして、人生の選択に迷う学生の姿が目に浮かぶ。
    「政」の下請け化からの解放することが急務だ
     急速に進む「官僚離れ」の実情を踏まえ、菅内閣で国家公務員制度担当に就任した河野太郎国務相は「霞が関のブラックな状況を『ホワイト化』する」と言明した。
     もっとも、ここで指摘された「ブラックな状況」というのは、長時間労働など労務問題を念頭に置いたもので、働き方改革の文脈で取り上げられているようにみえる。
     だが、内閣人事局の意識調査で明らかになったように、若手男性職員が退職したい最大の理由は「霞が関が、自身が成長できる職場と思えなくなった」ことであり、「長時間労働」は3番目にすぎない。
     官僚を志望する大半の学生の動機は、さまざまな政策の実現を担う一員になり、そこに自己の存在意義を見いだそうとすることといわれる。
     ところが、入省すれば、本人の意に反して日々、国会対応や関係方面への説明に追われ、国会議員に届ける資料づくりなどの雑事に時間を割かれて、若手官僚ほど「国民の役に立つ政策を作る実感が持てない」と悩みを抱え込むことになる。
     したがって、霞が関官僚の士気を向上させるためには、「官」が「政」の下請け化しているいびつな現状をあらため、「政」の呪縛から解放しなければ、本質的な解決にはならないことを肝に銘じるべきだ。
    岸田首相は「政」と「官」の関係を再構築できるか
     かつて、「お飾り」の大臣を抱いた官僚が、政策を立案し法案を通すために族議員と交渉して国会対策まで行う「官僚国家」と呼ばれた時代があったが、政治主導が叫ばれるようになり、安倍・菅政権時代に政策の主導権を官邸が握る「官邸主導」の体制が飛躍的に進んで、「政」と「官」の力関係が逆転してしまった。
     岸田首相は、自民党政調会長時代の18年6月に党の会合で、「『トップダウン』か『ボトムアップ』かは、バランスだ。『トップダウン』がふさわしい時には『トップダウン』で物事を決定する、『ボトムアップ』を使うべき時は『ボトムアップ』の手法を使える。賢明な使い分けができる政治こそ、国民にとって安心できる安定した政治なのではないか」と語った。
     政治手法の本来のあり方がボトムアップかトップダウンかの二者択一ではないことは言を俟またない。
     振れすぎてしまった振り子を揺り戻し、「政」と「官」の良好な関係を再構築できるかどうか。岸田政権の有言実行ぶりを、霞が関や永田町はもちろん、国民が注視している。



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