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    アーカイブ 月刊ニューメディア 2021年11月号 水野 泰志
    特集・ジャーナリストと研究者が問題指摘「危惧すべきNHK経営委員会の内実」
    2018年4月に「日本郵政かんぽ不正報道問題」を報道した『クローズアップ現代+』を巡って、日本郵政グループと経営委員会がNHKの報道番組に踏み込んだ経緯について、3年を経て、議事録が全面公開された。議事録公開を頑なに拒否してきた経営委員会の内実は、まさに番組制作に土足で踏み込んだという実態ではなかったか。そこでジャーナリストでメディア激動研究所代表(元東京新聞編集委員)の水野泰志氏と立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏に寄稿してもらった。
    ■日本郵政かんぽ不正報道問題の経緯(まとめ:水野泰志氏)
     ※日本郵政かんぽ不正報道問題の経緯を、NHKが全面開示した議事録や一連の報道から再現する(役職はすべて当時)。
     NHKは、2018年4月24日の『クローズアップ現代+(プラス)』で、日本郵政グループの郵便局員がかんぽ生命の保険を不適切な営業で販売していたことを報じた。
     さらに続編を制作しようとしたところ、日本郵政グループが激しく反発。7月11日に、上田良一会長に対し長門正貢日本郵政社長・横山邦男日本郵便社長・植平光彦かんぽ生命保険社長の3社長連名で抗議文を出した。
     NHKは7月23日、番組責任者が「会長は番組制作に関与しない」という趣旨の説明をしたため、日本郵政グループは態度を硬化し、取材を拒否。このためNHKは、8月に入って続編の見送りを決定し、4日には上田会長が植平かんぽ生命保険社長に口頭でその旨を伝えた。
     しかし、日本郵政グループは10月5日、今度は経営委員会に対し3社長連名で、「ガバナンス体制の検証と必要な措置」を要求。事前には、日本郵政の鈴木康雄上級副社長が経営委員会の森下俊三委員長代行を訪ね、しかるべく対応をするよう迫っていた。
     経営委員会は、日本郵政グループの意に沿う形で議論を進め、石原進委員長(元JR九州社長)と森下委員長代行のリードで10月23日、上田会長を「厳重注意」した。
     結局、上田会長は11月6日、日本郵政グループに事実上の謝罪文を届けた。
     ところが、年が明けて2019年初夏になると、かんぽ生命保険の不正販売が全国の郵便局で表面化。『クローズアップ現代+』の報道は、正鵠を射ていたことが判明した。日本郵政グループが不正販売を認めた後の7月31日には、棚上げされていた続編が放送された。
     そして、2019年9月26日、経営委員会による上田会長への「厳重注意」が、毎日新聞の報道で発覚する。
     国会でも取り上げられ、事実関係を究明するため、議事録や関連資料の全面開示を求める声が高まったが、経営委員会は「非公表を前提とした意見交換の場での議論だった」として「厳重注意」に至る議事の開示に応じようとしなかった。
     そんな中、日本郵政グループは2019年12月、NHKに抗議文を出した3社長と鈴木上級副社長がかんぽ不正販売の責任をとって辞任、3カ月の業務停止の処分を受けた。さらに、行政処分の情報を漏らしたとして、総務省の鈴木茂樹事務次官も更迭された。
     経営委員会は12月、上田会長の再任を見送り、「厳重注意」を主唱した森下委員長代行が委員長に昇格した。
     森下新体制となった経営委員会は、なおも議事録の開示を拒み続けたが、2020年5月、NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会が、議事録を全面開示するよう答申した。経営委員会も無視するわけにはいかず、議事の全容を編集した「議事概要」を公表したが、詳細は明らかにされなかった。
     このため、「答申破り」と判断した審議委員会は2021年2月、あらためて全面開示を答申。「情報公開制度の対象となる経営委員会が対象文書に手を加えることは、改ざんというそしりを受けかねない」と指弾した。それでも経営委員会は、「黒塗りによる一部開示」に留めることを模索したが、定款に違反し放送法違反の嫌疑がかかると指摘されて、断念。
     ついに7月、経営委員会は、ようやく議事の全容を開示し、かんぽ不正報道問題をめぐる真相が明らかになった。
    ●ジャーナリスト水野泰志氏のフォーカス
    自壊するNHK経営委員会 かんぽ不正報道問題で浮き彫りに
    水野泰志・メディア激動研究所代表(元東京新聞編集委員)
     日本郵政グループのかんぽ生命保険の不正販売を取り上げた番組『クローズアップ現代+』(以下、『クロ現+』)の報道をめぐって、経営委員会が2018年10月、執行部トップの上田良一会長(当時)を「厳重注意」した経緯が、3年近く経ってようやく全面開示された議事録で明らかになった。そこで浮かび上がったのは、機能不全に陥っている経営委員会の姿だ。執行部トップに対する「厳重注意」というNHKを震撼させる重大事を、非公表の場で議論し極秘に処分していただけでも大問題なのに、放送法が禁じる「個別番組への介入」に抵触していた疑いが濃厚になった。
    「番組制作と経営の分離」「情報公開」が大原則
     まず、経営委員会について概略を確認する。
     放送法によると、NHKの最高意思決定機関として経営や業務全般の重要事項について議決し、会長を任命し、執行部を監督する(第29条)。ただし、番組編集の自由(第3条)に抵触するような行為は禁じられている(第32条)。番組制作と経営の分離を明記した最重要条項で、今回、『クロ現+』に絡んで経営委員会の愚行が問題になったのは、この条項に違反すると指摘されたからだ。
     経営委員会は、委員長以下12人の委員で構成され、委員長は互選で決められる(第30条)。任期は3年で再任可(第33条)。経営委員の選任にあたっては、「公共の福祉に関し公正な判断をすることができ広い経験と知識を有する者」で、さまざまな分野の有識者や全国各地の代表であることが考慮される(第31条)。とはいえ、国会の同意を経て総理大臣が任命するため、時の政権の意向が色濃く反映されるケースが少なくない。
     定例会は、毎月2回開かれ(第39条など)、議事録の公表が義務づけられている(第41条)。国民が負担する受信料という特殊な財源でNHKが運営されることを踏まえ、国民の信頼を得るために情報公開が必要不可欠の措置であることを規定した条項だ。
    「ガバナンス問題」にすりかえた「番組介入」
     経営委員会が隠し続けた「厳重注意」をめぐる議論を、7月8日に全面開示された議事録から詳しく見てみる。
     まず、2018年10月9日の経営委員会。日本郵政グループの3社長から経営委員会宛に『クロ現+』の番組に絡んで「NHKはガバナンスが効いていない。検証し必要な措置を講じていただきたい」とする抗議文を受け取った直後の定例会だ。
     石原委員長は、「経営委員会は、番組の中身の問題だと受け入れ難いが、ガバナンスの問題なら放ってはおけなかろう」と、「番組介入」を禁じられている経営委員会の法的位置づけを熟知した上での申し入れであるとの認識を示し、「郵政には放送に詳しい方がいらっしゃる」と、背後にいる鈴木康雄上級副社長の存在を示唆した。鈴木上級副社長は日本郵政やNHKを監督する総務省の事務次官から天下りし、民間会社から落下傘で就任した日本郵政グループ各社の社長を横目に、郵政事業を熟知する存在として実務を取り仕切り、「郵政のドン」の異名をとる実力者として君臨していた。「ガバナンス問題」は建前に過ぎず、真意は番組の中身に対する不満であることを承知しながら、事実上の番組介入の議論を誘導したのである。
     これを受ける形で、森下委員長代行は番組のスタッフが試みたSNSなどを活用して番組を制作するオープンジャーナリズムについて「インターネットだけで取材して番組をつくることが、ちゃんと取材になっているのか」「報道の正確性という意味で、一方的な意見だけが出てくる番組はいかがなものか」と厳しく批判、さらに公共メディアとしての放送の基準や番組制作・取材方法の枠組みを、経営委員会が関与してつくるべきだと踏み込んだ。
     経営委員も、「ずさんな番組づくりは非常に気になるところで、一番ガバナンスのいけないことをやった」(長谷川三千子委員)「営業を妨害するような、イメージダウンをさせるようなことを番組でやるのは、ガバナンスが効いていないと言われても仕方がない」(渡邊博美委員)と続いた。
     経営委員会は、日本郵政グループの求めるままに、「個別番組への介入」を「ガバナンス問題」にすりかえてしまったのである。
    経営委員会の圧力に屈した執行部
     そして、上田会長を「厳重注意」した10月23日の経営委員会。冒頭、高橋正美監査委員が、監査委員会の調査結果として「NHKから日本郵政グループへの説明責任は果たされ、ガバナンス上の瑕疵はなかった」という旨の報告をした。つまり、『クロ現+』について執行部のガバナンスにまったく問題はなかったとの見解が示されたのである。
     ところが、その報告を無視するかのように、森下委員長代行が「今回の番組は極めて稚拙。ほとんど取材をしていない」、「つくり方に問題がある」、「視聴者目線に立っていない」と、番組批判の口火を切った。すると、ほかの経営委員も口々に「誤解を与えるような説明がある」(小林いずみ委員)、「一方的になりすぎたような気がして」(渡邊博美委員)など、取材方法や番組の内容にかかわる意見が続出。さらに、「番組の作り方が問題にされた。会長はその責任がある」(中島尚正委員)との見解まで飛び出した。
     番組の批判が続く中、石原委員長は、「番組内容の問題」ではなく、あくまで「ガバナンスの問題」を強調、執行部の番組責任者へのガバナンス不足などを理由とした「厳重注意」を取りまとめ、上田会長に口頭で「厳重注意」を伝えた。
     これに対し、上田会長は、「厳重注意」は番組内容に関わるものであり、「厳重注意」に至る経緯が表に出れば、「NHK全体、経営委員会も含めて非常に大きな問題になる」と強く反発。さらに、「NHKは存亡の危機に立たされるようなことになりかねない」と警告した。
     監査委員会が「問題なし」と結論づけているのに、経営委員会が「問題あり」と正反対の判断をしたのだから、当然の反応だった。だが、石原委員長や森下委員長代行は「番組の内容ではなく、あくまでガバナンスの問題」と譲らず、「必要な措置」を講じるよう迫った。
     上田会長は、執行部に持ち帰ったものの、最終的に日本郵政グループに「(番組責任者の説明は)不十分で遺憾」とする事実上の謝罪文を届けることになり、経営委員会の圧力に屈した形で区切りがついた。
    報道各社が「番組介入は明らか」と断罪
     「かんぽ不正報道」をめぐる一連の経緯は、一切公表されず水面下に埋もれていたが、毎日新聞が2019年9月末に報じ露見した。「厳重注意」が周知されるやいなや、「経営委員会は個別番組への編集に干渉することを禁じた放送法に違反しているのではないか」、「続編の見送りは、NHKの番組制作の自主自律が脅かされたのではないか」というNHKの存立の根幹にかかわる問題が急浮上した。
     上田会長が「予言」した通りになったのである。
     そして、2021年7月に「厳重注意」をめぐる議論の全容が判明すると、報道各社は「経営委員会の番組介入は明らか」と断罪した。放送界に詳しい有識者も、口々に経営委員会の放送法違反を指摘した。さらに、「日本郵政グループの注文が番組に反映されたのであれば、由々しき事態」との警鐘が鳴らされ、放送法が第1条で掲げている「放送の不偏不党や放送による表現の自由の確保」が脅かされたのではないかとの危機感も広がった。
    *信念もプライドもなく保身に走る経営委員
     7月23日には、別の議事録が公表された。NHKの情報公開・個人情報保護審議委員会(委員長・藤原靜雄中央大学大学院教授)が2月4日に「議事の全面開示」を求める2度目の答申を出してから、経営委員会が全面開示に踏み切るまでの10回分の議事録である。
     これをみると、2020年5月と2021年2月の2度にわたる答申を受けた後も、経営委員会は、既に公表した部分以外を黒塗りにして「一部開示」に留める案を模索するなど、なお全面開示への抵抗を続けていたことがわかる。
     ところが、「経営委員会が審議委員会の答申と異なる議決をする場合、NHKの定款に違反する恐れがある」、「経営委員が定款を守る義務を定めた放送法に違反するとみなされる恐れがある」という弁護士の見解が示されると、風向きは一変する。放送法違反の嫌疑が自分たちにかかるとわかったとたんに、多くの経営委員が、それまで議事録隠しに躍起になっていた自説を放り出し、次々に「全面開示」の答申を受け入れる方向にひょう変したのだ。
     経営委員としての信念もプライドもあったものではない。ひたすら保身に走る様は滑稽にさえみえる。議論の流れの急変に、森下委員長もついに観念。答申に従うことを受け入れざるを得なくなった。
    放送法の理念も趣旨も置き忘れ
     「厳重注意」の処分や議事録の全面開示に至る経営委員会の議論をみると、石原前委員長や森下委員長はもとより多くの経営委員が、放送法に込められた理念や趣旨をきちんと理解しているのかどうか疑わざるを得ない。
     「番組制作と経営の分離」や「議事の透明性の確保」は、単なるお題目ではない。NHKが第二次世界大戦でプロパガンダ機関と化した反省と教訓に立って設けられた大原則で、「国営放送」とは一線を画し、「公共放送」であることを象徴する生命線なのだ。
     経営委員の多くは、「番組介入は禁じられている」と念じながら、「ガバナンス問題」に名を借りて実質的に「番組介入」に踏み込んでいたことがわかっていないように見える。言葉の表面的意味は承知しているかもしれないが、結果をみれば、その重みを理解しているとは言い難い。かつて経営委員の中には「『ニュースの内容がおかしい』と、報道担当理事に注意しておいた」と自慢げに語る輩もいたというから、意識の低さは推して知るべしだ。
     経営委員会の事情に詳しい元NHK幹部は、「厳重注意」に至る議論について「コトの重大性を正確に理解していたのが、経営委員も監査委員も経験した上田会長だけだったというのは、とても残念」と嘆く。
     経営委員会は、あまねく視聴者の代表としてNHKの業務をチェックする存在なのに、かんぽ不正報道問題では、日本郵政グループという特別扱いの「視聴者」の代弁者と化してしまった。しかも、情報隠蔽が視聴者の信頼を裏切ることにつながることがわからないほど、無知蒙昧の集団に成り下がってしまったのである。
     経営委員は、名誉職ではない。視聴者(国民)の代表として選任された「公共放送」の最高意思決定機関の一員であることを自覚しなければならない。委員長の盲進に付和雷同し、違和感がありつつも唯々諾々と受け入れているようでは、とても職責を果たせない。経営委員会のガバナンスはあってなきがごとくで、もはや末期症状を呈していると言わざるを得ない。
     かんぽ不正報道問題は、経営委員会が正常に機能しているのかが問われた「事件」であり、受信料で成り立つ「公共放送」の根幹にかかわる問題として捉えられねばならない。
     経営委員会の大失態はNHK全体の危機に直結するだけに、経営委員会と経営委員のあり方を根本から見つめ直さなければならない重大局面を迎えている。
     上田会長の警告は、まさに現実のものになりつつある。
    水野泰志
    1955年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。中日新聞社に入社し、東京新聞(中日新聞社東京本社)で、政治部、経済部、編集委員を通じ、政治、メディア、情報通信などを担当。2005愛知万博で万博協会情報通信部門の総編集長。現在、一般社団法人メディア激動研究所代表。日大法学部新聞学科で政治行動論、日大大学院新聞学研究科でウェブジャーナリズム論の講師。著書に『「ニュース」は生き残るか』(早稲田大学メディア文化研究所編、共著)など。



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