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    アーカイブ 月刊ニューメディア 2023年5月号 水野 泰志
    放送法の政治的公平の「新解釈」めぐり激震
      安倍政権下で首相官邸vs総務省の凄絶な闘い
    Mizuno's EYE Special メディア激動研究所代表・水野泰志
     放送法が定めている「政治的公平」をめぐり、安倍晋三政権下で首相官邸が放送局の報道を萎縮させるような「新解釈」を首相官邸が総務省に強要し実現させていた実態が明るみになり、永田町や霞が関、メディア界に激震が走った。一連の流れの中で浮き彫りになったのは、強引に解釈変更を迫る首相官邸と必死に抗う総務省のバトル、新解釈を国会答弁で発した高市早苗総務相(当時)の醜態、そして報道機関のスタンスの違いだ。新解釈は、放送法の理念の根幹に関わり、報道の自由を侵しかねないだけに、看過するわけにはいかない。
    露見した総務省の内部文書
     発端は、3月2日。立憲民主党の小西洋之参院議員(総務省出身・旧郵政官僚)が、放送法の政治的公平について、2014年から15年にかけて、磯崎陽輔首相補佐官(当時、総務省出身・旧自治官僚)の主導で新たな解釈に至った総務省の内部文書を暴露したことに始まる。
     78ページに及ぶ膨大な文書は、政府・与党に批判的な民放の報道番組をきっかけに、磯崎氏が執拗に政治的公平の解釈変更を迫り、安倍首相が「現在の放送番組にはおかしいものもあり、現状は正すべきだ」と発言し、高市総務相が国会で新たな解釈を披歴するまでの流れが克明に記されている。
     歴代の政府は、放送法の政治的公平について、一貫して「一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体をみて判断する」との見解を示してきた。個別の番組について客観的な評価を下すことは難しいと考えられてきたためだ。
     ところが2015年5月、高市総務相が国会答弁で「一つの番組でも、極端な場合は政治的公平を確保しているとは認められない」と、「個々の番組が政治的公平の判断対象になりうる」という新たな解釈を示した。次いで16年2月には、放送局が政治的公平を欠く放送を繰り返した場合に停波命令を出す可能性にも言及した。
     そして、政府は「一つ一つの番組を見て、全体を判断する」という、さらに踏み込んだ統一見解を出した、
     安倍政権は、政治的公平を理由に、民放の報道番組にたびたび口を出し、衆院選を控えた14年11月には、安倍首相がTBSの街頭インタビューが偏っていると批判。その後、自民党は在京6局に「報道の公正中立、公正の確保」を求める「お願い」を送り、番組に注文をつけた。
     露見した文書に記されている首相官邸と総務省のやりとりは、そうした時期に重なる。
     新解釈に対し、「従来の見解と明らかに矛盾する」「言論の自由への介入だ」「放送事業者の萎縮を招く」との批判が殺到した。個別の番組に対する事実上の検閲や言論弾圧に道を開き、民主主義の基本理念を脅かしかねないとみられたからだ。
     当時、唐突に映った新解釈が示されるまでに至った経緯はわからなかったが、内部文書で、首相官邸の意向に沿ったものであることが明らかになった。日本民間放送連盟(民放連)の幹部は「これでピースが埋まり、パズルが解けた」と驚きつつ不快感をあらわにした。
    浮かび上がった総務官僚の良識
     ここで重要なのは、小西議員が「総務省の職員から提供を受けた」と文書の入手ルートを明らかにしている点だ。
     当の文書は、当時の桜井俊・総務審議官、福岡徹・官房長、安藤友裕・情報流通行政局長ら省幹部をはじめ、原課の放送政策課などで広く共有されており、多くの総務官僚が目にすることができた。しかも、「行政文書」として残されているため、元総務官僚の小西氏の手元に、どこから流れても不思議はない。
     政治的公平の新解釈が示されてから8年も経った時点で当時の経緯を記した内部文書が公になった背景には、安倍晋三首相が暗殺され、磯崎氏は落選して議員バッジを外し、当時の総務省の幹部職員も退官、安倍政権の重しがようやく外れたというタイミングがあるだろう。コトの重大性を危惧してきた総務官僚が、野党第一党の立憲民主党に情報提供し、首相官邸の横暴を訴えようとしたとも考えられる。
     内部文書に記されたやりとりをみると、総務省は、安藤局長以下、磯崎氏の横暴にさまざまな形で抵抗した跡がみてとれる。
     とくに、総務省出身で女性初の首相秘書官(メディア担当)となった山田真貴子氏は、「放送法の根幹に関わる話」と指摘したうえで、「磯崎氏は官邸内で影響力はない。変なヤクザに絡まれたって話」と切って捨て、「政府がこんなことをしてどうするつもりなのか。どこのメディアも萎縮する、言論弾圧ではないか」と強い懸念を示し、安倍首相には「官邸にプラスになる話ではない」と直訴した。
     最後は押し切られたものの、そこには、安倍政権の放送局への強圧的な姿勢に対し、放送の自由・自律を守ろうとする総務官僚の良識が働いたようにみえる。
    醜態を曝し続けた高市経済安全保障担当相
     内部文書をめぐる一連の動きの中で、もっとも醜態をさらしたのは、経済安全保障担当相の任にある高市元総務相だろう。
     文書が露見するやいなや、国会答弁や記者会見で「まったくの捏造だ」と言い放ち、捏造でなければ大臣も議員も辞職すると大見えを切ったのである。
     磯崎氏が早々に自ら総務省に働きかけ新解釈が行われたことを認め、松本剛明総務相が「行政文書」と認定して公表し、情報流通行政局の小笠原陽一局長が「高市氏へのレクチャーはあった可能性が高い」と明らかにしても、「捏造」と言い張った。
     だが、本来、外部に漏れることはない内部文書を総務官僚が捏造する必然性がない以上、もはや「捏造」とは考える人はいないだろう。
     高市氏は「ありもしないことをあったかのようにいうのは捏造だ」と連発したが、「あったことをなかったというのはウソつき」という日本語を知っているだろうか。
     もし、仮に「捏造」だとすれば、大臣在任中に、省内に捏造文書が流布していたことになるのだから、当該大臣としての責任は免れない。もはや、捏造でなくても、捏造であっても、辞職に価する。
     気の利いた国会議員ならば、「記憶にございません」とはぐらかすところなのだろうが、何を血迷ったのか「捏造」と口走ってしまい、自らを窮地に追い込んでしまった。
     行政文書を「捏造」というからには、立証する責任は高市氏自身にある。旗色が悪くなるにつれ当初の勢いもトーンダウン、政治家としてのレベルが知れるというものだろう。
    「事件」に対する報道ぶりにくっきりと濃淡
     それにしても気になるのは、今回の「事件」に対する報道各社の報道ぶりにくっきりと濃淡が表れたことだ。
     朝日新聞、毎日新聞、東京新聞は、内部文書が表面化した直後から大々的に紙面を割いて詳報し、社説も繰り返し掲載、ネットでも大きく展開して、「事件」の経緯や問題点を厳しく指摘し糾弾した。
     NHKも、異例と言えるほど連日、朝、昼、夜の定時ニュースで報道。標的となった民放各局も、ここぞとばかりに多角的な報道を展開した。
     一方、発行部数トップの読売新聞は、控えめな報道に終始し、何が起きているのか、読者に正確に伝えようという意図が感じられなかった。日本経済新聞や産経新聞も同様だった。
     読売新聞が安倍政権の「応援団」であったことは広く知られているが、放送法の新解釈は「報道の自由」に関わる問題であるだけに、報道機関としてのあり方が問われよう。
     放送法の目的は、放送の自律を保障することによって、表現の自由を確保することにある。政治圧力によって、放送が萎縮させられるようなことがあってはならない。それを一首相補佐官の身勝手な振る舞いが新解釈をもたらしたところに、この「事件」の特異性がある。
     国民の「知る権利」に関わる重大な問題と受け止めなければならない。



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