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    アーカイブ 渡辺美智雄追悼集刊行会 『温故知新――記者の見た渡辺美智雄』所収 1996/09/15 桜井 元
    アッケラカのカー(渡辺美智雄追悼集刊行会『温故知新――記者の見た渡辺美智雄』所収)
     「旧渡辺派」を担当したのは、1990年暮れから翌年春までの短い期間でしたから、原稿執筆の資格は疑わしいものです。しかし、取材体験の乏しい私にも、渡辺美智雄さんは開放的で、強烈な印象を残し、去っていきました。あえて諸先輩、同僚のみなさんの文集に拙文を寄せた次第です。
     初めて渡辺さんの記事を書いたのは、1988年7月23日の自民党軽井沢セミナーのことでした。自民党を担当して3ヵ月目の私は、同じワタナベでも、渡部恒三国会対策委員長を中心に日々の取材をしていました。セミナーの取材も初めてなら、登壇した渡辺政調会長の語り口も新鮮でした。日米の経済情勢の話題が、米国の「家計の赤字」に転じ、あの発言が飛び出したのです。
     「日本人は破産すると、夜逃げとか一家心中とか重大に考えるが、クレジットカードが盛んな向こうの連中は黒人とかいっぱいいて、『うちは破産だ。明日から何も払わなくていい』。それだけなんだ。ケロケロケロ、アッケラカのカーだよ」
     午後の眠気が漂っていたホテルの会場に、笑いが起こりました。いたずらっぽい目で、反応のよさを確かめた渡辺氏は、「これ言うと、また捕まるが……」と記者席に視線を送ってきました。
     笑ったため、「ケロケロ」程度しかメモがとれず、「テープを聞いて、正確に言葉を起こした方がいいなあ。話題ものの『ハコ記事』にしようかな」と思いました。でも、この時には、講演終了後の渡辺さんを出口で待ち構える事情があったので、とりあえず、原稿処理は後回しでした。
     この日、横須賀沖で、自衛隊の潜水艦「なだしお」と衝突した釣り船「第一富士山丸」が沈没、30人が死亡する事故が発生。まだ全容がはっきりしない段階でしたが、政調会長に何か情報が入っているか、確かめる必要があったのです。
     ホテルの玄関で、渡辺さんはにこやかに、私の方に顔を向けました。「東京湾で潜水艦と釣り舟が衝突して、多数の死者が出ていますが、ご存じですか」。そう問いかけると、渡辺さんは厳しい顔で「原潜か」と一言。「いえ、自衛隊です」というと、また笑顔に戻り「それなら大丈夫だ。まだ事故の知らせはないがね」と車に乗り込みました。
     「アッケラカのカー」の原稿を書くために戻りましたが、途中で外国通信社の記者が、渡辺さんの発言を「黒人差別」だ、と電話で送稿していました。私は「陳謝ものか」と思いつつも、同時になだしお事故の問いかけに、まず原潜衝突を思い描いた渡辺さんの「危機管理感覚」に、ちょっと感服しました。
     派閥を担当したころには、政治記者も経済を知るべきだと痛感しました。地元経済人を前にした宇都宮市内の講演で、BIS(国際決済銀行)基準など、私には縁遠い言葉をちりばめながら、銀行経営の問題点を解説。苦労しながら記事にしたことがあります。
     1994年正月には、地元の栃木県大田原市で開かれた後援会の新年会を取材、「せっかく来たんだから、一杯飲んでいけ」と、数人の記者とともに秘書のみなさんとの会食の部屋に入れてもらったことがあります。渡辺さんは、私が前年5月までドイツに派遣されていたことを覚えておられたのか、「ラムスドルフになりたいんだ」とつぶやきました。1982年、小党の自由民主党(FDP)幹部(のちに党首)として、社会民主党(SPD)との連立に決別、保守との連立政権樹立に転じたラムスドルフ元経済相のことです。
     細川護熙政権のもと、野に下った自民党にこだわらず、小さな勢力で新たな「保守連立」を目指すのか、とは想像しましたが、記事にする自信はありませんでした。例の離党騒動の中で、渡辺さんの本来の構想は、小沢一郎氏の誘いに乗ることではなく、手勢を率いて主体的に動くことだったはずだ、と自問するのがせいぜいでした。
     九段宿舎の夜回りの思い出が強いため、病に倒れてからの渡辺さんの姿には、痛々しさを感じました。それでも、銀行の不良債権が問題になってきたころ、自民党本部で「前からおっしゃっていましたね。BIS基準とか自己資本比率……」と話しかけると、「覚えていたか」と、うれしそうでした。
     渡辺さんが亡くなられた1995年暮れ、住宅金融専門会社(住専)の問題で、経済部記者と一緒に加藤紘一自民党幹事長にインタビューした時のこと。「いま必要なのは、渡辺美智雄さんだ。経済、金融、農業を分かりやすく説明できる人」。加藤さんの言葉に、同感でした。



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