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    アーカイブ 秋田ロータリークラブ 第3278回例会・卓話 2020/04/01 桜井 元
    津波を撮ったカメラマン(2020年4月1日 秋田ロータリークラブ例会・卓話)
     もともと3月11日に卓話の当番が回ってくる予定でした。ちょうど「震災9周年」ですから、この話をしようと準備しました。ところが、コロナ感染の広がりで例会が休みとなり、「エイプリルフール」まで延期されました。中途半端なスピーチでは信用されないでしょう。そこで、信頼性を高めるために、私が秋田へ来る前に勤務していた仙台市の東日本放送(KHB)が制作したDVD『3.11――東日本大震災・激震と大津波の記録』から、最初の7分ほどをご覧いただきます。
       ◇
     これは、KHB気仙沼支局のカメラマン千葉顕一さん(62)が撮った津波第1波の模様です。地震の直後、千葉さんはカメラをかかえて飛び出し、ブロック塀が崩れたり、看板が落ちたりしている町の被害状況を撮影しました。いったん自宅でテープをとりかえて、再び外へ出たあと、大津波警報が発令されました。
     そこで、千葉さんは自宅へ戻らず、心に決めていたスポットへ向かいます。津波が来れば、ここで待ち構えようと周到にシミュレーションを繰り返していた場所です。南が丘へ抜ける避難路の入り口でした。あらかじめ朝日新聞社気仙沼支局のベテラン記者にも教えてありました。津波到来をとらえたあと、階段を後ずさりで上りながら、黒っぽく渦巻く流れを撮りました。自宅兼店舗が津波に流される瞬間、屋根から立ちのぼる土埃にもカメラを向けました。市販のDVDでは消してありますが、マザーテープには千葉さんのため息が残されています。
     自宅を失った千葉さんは、避難所となっている体育館を転々とし、連絡がとれなくなった日もありました。「助けてー」という女性の声が聞こえたような気がして、カメラを置き、助けに向かおうとしても、がれきの中のどこから声がしたのか分からず、無力感に立ち尽くしたこともあったそうです。第1報のテープは翌日、気仙沼にやってきた中継車のクルーに手渡しましたが、次にKHBの社員が避難所で発見した千葉さんは、目が虚ろでひげぼうぼうでした。
     仙台で開かれた震災報道の会議で、他社のアナウンサーが「危険な取材をさせていたのではないか」と指摘したこともありました。出席していた私は、報道担当ではありませんでしたが、手を挙げて「事前に準備を重ねたからこそ撮れた映像です」と反論。千葉さんの映像に対する評価が定着していきました。
     朝日新聞の論説主幹だった若宮啓文さん(故人)は、「あの津波のマザーテープを見たい」と電話してきました。仙台のKHBの小さなブースで、私とともに、材木がきしむ音、金属がコンクリートにぶつかる音……恐ろしい音に満ちた40分ほどの映像をじっと見たあと、気仙沼へ向かって千葉さんに2時間近くインタビュー。5月1日付朝刊の「主筆就任にあたって」と、著書『新聞記者――現代史を記録する』(ちくまプリマ―新書、2013年9月)の中で、千葉さんのプロ意識をたたえました。9月13日、石巻から仙台に入って来たドイツ連邦議会議員8人に、DVDを1枚ずつ差し上げたところ、2日後にドイツ大使館から「20枚買い上げたい」と電話がありました。
     KHBが制作した番組「津波を撮ったカメラマン」は、テレビ朝日系列の「ものづくりネットワーク大賞」の最優秀賞をとったほか、「ニューヨーク・フェスティバル」(2012年)の「国連賞」(銅メダル相当)、「国連防災会議TVドキュメンタリーコンテスト」最優秀候補作品(ベスト3入り)を受賞。ニューヨークで千葉さんは、タキシード姿の正装で授賞式に臨みましたが、レンタルの衣装が結構似合っていました。
     千葉さんは、契約カメラマンで、本業は電器店経営でしたが、震災のあった2011年、電器店ではやっていけないと判断。「三ツ星電器商会」から「三ッ星」に看板をかけかえ、これからどうしようかと考えていたと言います。
     きのう(3月31日)、8年ぶりに千葉さんと電話で話しました。「電器屋さんは?」と聞くと「今はやってません」。ネットで検索してみると、「ミツボシビデオプロダクション」。映像制作の会社名になっていました。いま息子の豪瑠(たける)さん(27)をコーチしながら、親子で気仙沼の復興状況をウォッチしています。
     気仙沼の様子についてたずねると「市民レベルでは90%復興しました」。言外に、精神・文化面での復興はまだ道半ばというニュアンスがにじみました。来年の見通しについては、「震災10年でいろんな公共事業が一段落。作業員が出ていくと、震災前に比べると7割になっている人口がさらに減り、税収減などで行政が行き詰まらないか、心配です」。ニュースのコメンテーターのような言葉が返ってきました。
     大災害・大事件は、現場の記者を鍛えるとは思ってきました。大震災が生んだビデオジャーナリストがここにいた――千葉さんと話して、そう思いました。
    「津波を撮ったカメラマン」千葉顕一さん
     (2020年4月1日 秋田ロータリークラブ第3278回例会・卓話 年齢は卓話当時)
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