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    アーカイブ 秋田朝日放送 社内文書 2020/04/27 桜井 元
    市民・視聴者の視線で、カメラを構えよう――報道現場のみなさんへ(秋田朝日放送の社内文書より)
     2019年6月8日午後、秋田市新屋の勝平地区コミュニティセンターで、住民説明会が開かれた。「イージス・アショア配備計画」に関する防衛省の説明会。冒頭から「調査をやり直せ」などと怒号が飛ぶ中、秋田朝日放送(AAB)報道制作局の県政担当記者・高山雄一郎は、トラストネットワーク秋田事業部のカメラマン・藤林充が構える脚立のすぐ後ろ、床に座り込んでメモをとっていた。
     ピリピリした空気で、とても会話などできない。高山のスマートフォンに藤林からメッセージが届いた。「後ろの一番右のメガネ寝てる。のんきな防衛省だこと」
     高山は、メガネの男に視線を転じた。周囲の男たちの表情も観察する。隣の若い男もうとうとしている。どうして防衛省には、こんなに緊張感がないのだろう。
     防衛省戦略企画課長・五味賢至(当時)が説明を続ける間も、ずっと手を挙げて、発言を求める男性がいることに、高山は気づいていた。
     質疑に入って、ようやく男性が指名される。「後ろの席の一番右のあなた、居眠りしてましたね」。拍手がパラパラと起こる。この瞬間、画面がわずかに縦に2回、動く。藤林の「うん、うん」がカメラに伝わっていた。男性は語気を強める。「何を考えているんだっ。我々は人生がかかっているんだぞ」
     もし、ここで、メガネの職員が立ち上がってお詫びしていれば、展開は違ったかも知れない。メガネ男は、どこ吹く風でメモをとるふりをし、ほどなく再び睡魔に落ちた。藤林はイラっとしてズームアップ、白目をむいて舟をこぐ男の表情を画面いっぱいにとらえた。
     他社は気づくのが遅かった。会場の男性の怒りの発言のあとも、なぜか遠慮して、居眠り男をアップでとらえた映像はなかった。防衛省側も、事の重大性にまた気づいていなかった。説明会に続く記者会見にも、平然とメガネ男が同席した。
     その夜、AABの夕方ニュース「スーパーJチャンネル」とテレビ朝日の「サタデーステーション」で、全国に「白目の寝顔」が伝わった。本省から叱られたのだろうか、翌9日、秋田市文化会館会議室に移った説明会の冒頭、東北防衛局長の伊藤茂樹(当時)が頭を下げた。「住民説明会という非常に重要な場におきまして、このような行為を行ったことにつきまして、本人も深く反省をいたしており、私からも深くおわび申し上げます」
     藤林のスクープ映像は、その後、テレビ朝日系列(ANN)のニュース、情報番組で何度も放送された。そして、高山・藤林コンビは、ANN「6月度月間賞」と(最優秀なしの)「年間優秀賞」に輝いた。もちろん、社長賞も贈った。
     『選択』(2020年2月号)「罪深きはこの官僚・122――伊藤茂樹」によると、居眠りしたのは東北防衛局の調達部次長・高橋一史。ノンキャリアの高橋は、北関東防衛局の調達部付へ異動。「降格ではないが、左遷色が濃い」といわれた。一方、キャリアの伊藤は防衛省報道官という脚光を浴びるポストへ昇進する。失敗はノンキャリアの責任。キャリアは傷つかない。どこかで聞いたような話ではないか。
     『選択』は、防衛相・河野太郎(当時)の下で、伊藤は報道官の役割を放棄している、と指弾した。政権への忖度の度合いで人事が決まる。そんな不健全さがイージス騒動にもにじんだ。
     話を住民説明会に戻そう。その3日前の6月5日付の朝刊1面トップで、秋田魁新報が「適地調査 データずさん」と特報していた。6日には、毎日新聞が1面で、魁の報道と明記しながら、「陸上イージス 調査ミス」と報じた。なのに、説明会の席上、防衛省職員に緊張感がなかったのは、なぜなのか。「調査があまりにずさんだったから、徹夜でチェックしていたのではないか」と同情的な他省庁の官僚もいる。
     魁の取材班の中心だった社会地域報道部編集委員・松川敦志(現・政治経済部長)は、調査データがでたらめだと見抜く前、何度も現場に足を運び、山の仰角も測ったという。記者のお手本のような「足で稼いだ調査報道」だった。AABの居眠り映像について、松川は「同じ立場で取材している、と感じた」と語った。
     「イージス・アショア配備をめぐる『適地調査、ずさん』のスクープと一連の報道」は、2019年度新聞協会賞に選ばれた。秋田魁新報社にとって、ニュース部門では初の栄冠。朝日の「カルロス・ゴーン逮捕」、読売の「医学部入試での女性差別」を蹴落としての受賞だった。
     取材の経緯を詳しくまとめた本『イージス・アショアを追う』(秋田魁新報社、19年12月)は、ローカル局の記者にとっても、刺激的なヒントで満ちている。
     (2020年4月27日 秋田朝日放送の社内文書より 敬称略)



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