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アーカイブ 西日本新聞社編 書評 2024/07/13 豊田 滋通
王墓の謎「常識」への果敢なる挑戦 河野一隆著(講談社現代新書)
まるでトレジャーハンターの冒険活劇みたいなタイトルだが、内容は王墓の「常識」をひっくり返すぐらいのインパクトがある。何しろ「着想から30年」という渾身の論考なのだ。
「王墓はなぜ造られたか」という問いに、読者の多くは「王の権威を誇示するため」「権力の象徴」などと答えるだろう。ところが著者は、巻頭言で「この定説に真っ向から反論する」と宣言。「新たな視野から王墓を理解する」ことに軸足を据える。
その論証の手法は「比較考古学」。さまざまな国や地域の考古資料を比較し、類似や相違点を考察して文明や文化の本質にアプローチする。このため、本書にはアジア、アフリカから欧州、中南米まで各国の王墓が登場。地上構造物や墓室の構造、周辺施設、犠牲(いけにえ)と殉葬、墓碑などの構成要素を綿密に比較し、「王墓とは何か」に肉薄する。これらを見るだけでも「へえ、そんな王墓もあるのか」と好奇心をくすぐられるだろう。
全体は9章で構成。まず王墓が秘める謎とは何かを解説したあと、「王墓は誰の墓なのか?」「都市文明の副産物か?」「なぜ高価な品が副葬されたのか?」など8つの「?」について謎解きを試みる。「王墓は誰の墓?」と聞かれれば、誰もが「王様に決まってるじゃん」と即答しそうだが、著者の視点は違っている。そもそも「王」の概念が違うのだ。
著者が重視する王の本質は「神聖性」。「王は死して初めて神聖にして不可侵な存在になれた」とする。王のための造墓活動は神に捧げる労働奉仕で「祭礼のような一種の無形文化遺産」という仮説を提示。ここで登場するのが、何と博多祇園山笠である。博多町衆の競争心を刺激し、より速く、高く、美しく進化したのは「神への奉納」という究極目的を成就するためとし、王墓造営との共通性が指摘される。
つまり王墓は、王が強制労働で作らせた権力の象徴ではなく、神に近づくため「人々が必要として誕生したもの」というのだ。王の支配が確立し、専制君主に近づくほど王墓は衰退に向かうというパラドックスを、その考古学的証明として挙げている。
著者はかつて九州国立博物館にも在籍。『装飾古墳の謎』(文春新書)も姉妹編としてお薦め。
【著者略歴】かわの・かずたか=福岡県生まれ。東京国立博物館学芸研究部長。主な著書に『王墓と装飾墓の比較考古学』(同成社)『考古学と暦年代』(共編著・ミネルヴァ書房)など。
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