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    アーカイブ 先人の知恵・他山の石 IT業界 2022/08/16 内海 善雄
    第4回なぜインターネットに舵を切れなかったのか? ② August 16 2022
    体制(営業、生産、経営管理)を変更できない
     F社には、会長をはじめ、未来を予測できる感性の良い人たちがたくさんいたに違いない。しかし、会社を新しい方向に転換することはできなかった。色々な理由が考えられる中で、日本社会全般に蔓延している「前例踏襲」、「横並び」、「減点主義」などと言われている風土が一番大きな理由ではないだろうか。要するに、リスクを取らなければならない意思決定を果断に行うことができないのである。この傾向は、経営トップから管理者、技術者に至るまで、伝統ある大企業、すなわち一流企業になればなるほど強いと思う。
     大学を出て東芝に就職したが、その時、立派な学歴で、かつ、素晴らしい能力を持っている先輩が浮かばれず、実力を発揮できないポストにくぎ付けされている例をいくつか見た。「あの人は、〇〇プロジェクトで失敗したのだ。」というような噂を耳にした。一方、順調に出世している先輩たちは、個性がなく、調子よく上司の意向を受けて協調的な態度に始終し、新しいことはやらないというタイプだった。
     何十年か後に、トヨタに世話になって耳にしたことは、幹部たちが「自分は、〇〇で失敗して工場のラインを止めた。」という経験談を、自慢気に話している姿であった。ラインを止めるということは、不良品の生産を防ぐために生産工程をストップさせることだから、会社に多大な損害を与える大事件である。新製品開発の小さなプロジェクトで成功せず、その後の会社人生が浮かばれない東芝と、大きな失敗でも許してもらえ、
     後に経営幹部になれるトヨタ。就職した当時、東芝は会長が経団連会長の超一流企業だったが、トヨタは工学部系統の友人しか興味を示さなかった田舎企業だった。
     日本の通信機メーカーは、売り上げをNTTに大きく依存していたとは言え、いずれも伝統ある超一流企業である。人材も豊富だ。研究開発費も潤沢だった。インターネットに関する技術も持っていた。しかし、失敗を恐れ、早い段階で会社をその方向へ進路変更するリスクは取れなかった。
     失敗を恐れないトヨタの社風だが、必ずしも猪突猛進ではない。なぜなら、トヨタには「決して一番手では走らない」という哲学があるとよく聞いたからである。他の自動車メーカーが車の先端技術の研究開発に取り組んで、実用化実験を行ったというニュースをよく耳にするが、実はトヨタもちゃんと研究開発をしているが積極的には宣伝をしない。そして、他社が実用化に成功し、儲かるということが分かった時点で、トヨタも製品を発売するそうである。儲からなければ研究開発も意味はないということだろうか?
     同じような経営哲学を通信分野でも経験した。ITUでIMT2000という名称で呼ばれた3Gの標準化に成功した直後、日本と韓国が「Beyond IMT2000」と言って,4Gの研究開発で騒ぎだし、ITUも標準化作業を開始すべきだと主張していた時、欧州の携帯メーカーの幹部に面会を求められた。「やっと3Gで儲けることができるようになったのだから、今は4Gなどの開発に取り組むべきではない」という主張を伝えに来たのであった。
     日本では、経営者たちは世界の動向などには配慮せず、単にその日その日を、「前例踏襲」、「横並び」、「減点主義」で恙なく過ごしがちである。大した最新技術でもないのに、機能に奇をてらう方向に一斉に進んでしまい(ガラパゴス化)、世界市場から相手にされず、崩壊してしまった携帯電話生産(含むスマホ)が、経営者のこの姿を雄弁に物語っている。ひとえに「他社もやっているから」ということで、同じようなことをやり、世の中の変化に気づいても、リスクを取って社内体制を変更することができず、顔面の小さな失敗を避けて、大きな失敗をしてしまうのである。
     ところで、4Gの時代になって、どこが成功したのか? 当初、開発で先端を切っていた韓国勢が躍り出た。日本は、韓国と一緒になって騒いでいたのに、製品を出すのもおぼつかなかった。そして、間もなく中国勢、しかも起業後10年にも満たない新規参入組が破竹の勢いで延びてきた。シンプルで低価格な商品コンセプトで瞬く間に市場を席巻したのである。我々夫婦も、この安価なsim フリー中華スマホを何の不満もなく愛用している。何倍もする値段の日本製と称しているスマホを購入している人の気持ちが全く理解できない。今や5Gの時代、政府もいろいろ騒いでいるが、本当の需要はどこにあるのか?
     トヨタで見た「失敗を許すこと」と、「2番手で走ること」とは、相矛盾しているようにも思えるが、多くの企業では、「失敗を許さず」、「2番手、3番手で進む慎重さ」だけを要求しているのではないだろうか。このようなことが長く続いているので、近隣の中心国にさえも後れを取り、停滞の日本経済になってしまったと思う。
    市場の動向を読まない
     「2番手を走る」というトヨタの哲学は、実は「市場の動向を重視する」ということである。iPhoneが出現した時、多くの業界識者が、「iPhone にある機能は、携帯電話にすべてある。新しいものではない。」とその後の発展を予想しなかった。技術的にはまさにその通りで、当時のスマホは決してガラパゴス携帯をしのぐほどの素晴らしいものではなかった。実は私もスマホを購入したのは、かなり後になってスマホの能力が大きくなってからである。しかし、iPhone 発売後、直ぐに海外のアンドロイド・メーカーは、iPhone の設計思想を模倣してアンドロイド・スマホに舵を切った。出遅れた日本メーカーの末路は惨めである。
     スマホと同様の発想の商品としては、古くはシャープのザウルス、そしてBlackBerryが有名である。愛用者はたくさんいたが爆発的には普及しなかった。なぜ、iPhone が爆発的に普及したのか、いろいろな説があるだろうが、私は携帯電話が普及し、SMS等データーサービスやカメラ等付帯機能のある携帯電話に慣れた若者が多数出現した時点で、斬新なタッチパネルとデザインが若者を魅了したのだと思う。今でも、機能はアンドロイド・スマホより劣っていても、iPhone のデザインの良さで、高価なiPhone を選択する日本人は多い。一部の日本人は、今やスマホに機能を求めているのではなく、色や形などデザインの良さやブランドを求めているのである。
     機能がほとんど初期iPhone と同じだったザウルスやBlackBerryは、技術的観点からは、普及して当然なのに、そうはならなかった。人間の行動は、理性的な発想だけでは理解できない面があるのだ。トヨタの2番点でよいという発想は、この市場で受け入れられるかどうかを見極めるということではないだろうか。
     日本の通信機メーカーの没落は、技術力の問題ではなく、この市場を見極める発想が皆無だったことも大きな原因であると思う。インターネットの技術は知っていた者はたくさんいた。しかし、その力、すなわち人々を魅了し、市場を席捲する力を理解はしていなかった。そして、その後、世の中がインターネット化するということに気づいた者はたくさんいた。しかし、会社の進むべき方向を変更するまでには至らなかった。トップが気付いたときは、既に手遅れで手が付けられない状況であったのである。
     現在、通信機器商品としては、唯一、NECのパソリンクが世界で頑張っている。これは開発途上国の携帯電話やスマホの急速な普及、特にスマホの普及によるネットワークの高速化の需要に、安価で容易に対応できる商品だったからである。パソリンクの成功は、市場の求めるものを開発販売すれば、韓国や中国に負けることはないということを雄弁に証明している。常に海外の技術発展の動向や市場の動向をいち早くキャッチし、売れる商品を開発するというスピリットがなければ、グローバル経済の今日、企業の生きる道はないと思う。
     状況は世界の超一流通信機メーカーであるルーセント、アルカテルやジーメンスでも全く同じであった。しかし、カナダのノーザンテレコムだけはインターネット化の波に乗ることができた稀有の例だと思う。いち早く市場の変化に対応し、1990年代末にIPネットワーク機器メーカーへのシフトを加速させ、社名も「ノーザンテレコム」から「ノーテル」に変更までした。そして売上規模が急拡大し、2000年にはルーセントを抜いて売上高で世界最大の通信機目メーカーとなり、カナダの全上場企業時価総額の1/3を占めるまでになった。
     しかし、2001年のITバブル崩壊とともに経営が悪化し、2008年の世界金融危機がさらに追い打ちをかけ、また、中国からのハッキングで技術情報が盗まれたことも一因だと言われているが、2009年に経営破綻した。このように、既存の事業とは異なる新しい動きに乗り換えることは至難の業であるが、たとえ波に乗れても、ノーテルのように激しい波の動きについて行けず沈没してしまうことさえある。
     次回は、日本企業がいかに市場の動向をキャッチすることに無関心であり、ビジネス・チャンスを逃がしていたか、ITUの場から見た経験を挙げよう。



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