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    アーカイブ 先人の知恵・他山の石 IT業界 2023/06/24 内海 善雄
    第10回なぜ日本はIT分野で遅れるのか(1)June 24 2023
     16年前、スイスより帰国したらICTの世界では、ビッグデータを持っている企業が世の中を制するという「ビッグデータ」の話題に溢れていた。そのうち話題は「AI」に転じたが、それも数年で消えた。と思うと今度は「DX」となった。
     子供のことからハム(アマチュア無線)など無線技術に慣れ親しんだ者にとっては、DXとは海外との交信などを意味する遠距離無線のことだったから、コンピュータによる効率化のことを「DX」と呼ぶのには大きな違和感がある。どうして「IT化」とか「ディジタル化」など、誰でもが理解できる一般的な言葉を使わないのだろう。
     そのうち政府の大方針が「Society 5.0」の実現となった。大臣も言いにくそうに「ソサイティ・ゴ・テン・ゼロ」と発言する。現役を退いた小生には全く理解できない言葉である。かつて多用した「高度情報社会」と、どこが異なるのか? 
     ここ何十年間、人々は新しいキャッチフレーズに飛びつき、まるで新しいものが出現したかのように議論しているが、本当にそうなのか? 最近は、もっぱらChatGPTが話題をさらっている。万能のAIのように言われているが、皆が利用しているマイクロソフトのエッジにはChatGPTと同様の機能があるBingというものがあるし、また、かなり前からAIによるチャット機能を使った支援サービスを行っている金融機関などがあって、突然ChatGPTなる怪物が現れた訳でもない。そうこうしているうちに、ChatGPTという固有名詞を使用する可笑しさに気付いたのか、生成AIと呼ぶようになりつつある。
     さて、言葉や話題、関心の変遷はともあれ、これらの言葉が意味する分野において、日本は先進国に相当遅れていると言われている。いや、先進国だけではない。コロナ禍の最中、韓国、台湾、シンガポール、中国等のアジア諸国がITを駆使して対処しているのを横目に、わが国ではPCR検査体制が構築できない、保健所や医療機関の混乱、ワクチン予約の大混乱など、IT分野の不備も大きな原因だと責めを負わされる数々の混乱が記憶に新しい。国民の教育水準が高く、科学技術も発達している日本なのに、どこに問題があるのだろうか。それは、単にディジタル庁設置で簡単に解決できるような問題ではないと思う。過去の失敗を大局的に分析し、根深い社会文化的要因をしっかり認識しておく必要があると考える所以である。
     1965年、大学を卒業後、東芝に就職して電子計算機事業部に配属され、電算機の製造に関与した。当時、米国でIBM360というコンピュータが使われており、他のメーカーは「360コンパティビリティ」という360用のソフトで動かすことができるものを生産していた。東芝は、GEとライセンス契約を結んで、GEの製造したものを分解して輸入し、組み立て直してTOSBAC 5400として受注活動をしていた。こうして私は、日本における電算機利用の走りの時期に、電算機の知識を得ることができた。
     1年後郵政省に転職し、手作業の職場を見て、自分の郵政省における任務は郵政事業の機械化ではないかと天命のようなものを感じた。2年後に訓練担当になり、幹部にコンピュータの理解を深める大掛かりな研修を実施し、省内の雰囲気を一気に変えたことができた。
     その後、シカゴ大学に留学した。ビジネススクールでIBM360の簡単なプログラムを作成する宿題があった。穴をあけてプログラムを書き込んだカードを何十枚も用意して読ませる初期の電算機だった。友人たちは、皆、困っていたが、私にとっては容易な宿題だった。
     ところが、郵政省のキャリア人生の大半を通信行政に携わったので、郵政事業の機械化には直接関与することができなかった。が、関心が高く、いつも省内の動きや世間の動向を注目してきた。1981年、通信自由化の法案作成の担当になった際、霞が関で初めてワープロを導入して作業を行った。和文タイプライターと同じように漢字が並べられた大きなボードをタッチペンで触って文字を入力する事務机より大きいサイズの小型コンピュータで、車よりも高価だった。
     ITU事務総局長に就任してまもなく、自分用のPCの自作・組立を始め、現在では、改良に改良をほどこした3代目の自作マシーンを使用している。
     このような限られた経験しかないので、まったく岡目八目の批評になるが、日本はこの分野で大別して次の4つの大きな問題があったと思う。①トップの無知、無理解による間違い ②目的意識の欠如 ③完璧を求めすぎる ④既得権の排除や行動様式が変えられない。
    ①トップの無知、無理解による間違い 
     ITは急速に発達してきた科学技術ゆえに、文科系の人間や年配者にはなかなか本質を理解できない。そのような人たちが、組織の意思決定の権限を持っている場合が多いから、そのことによる間違いや非効率、失敗の例が枚挙にいとまがない。
    郵政3事業 統合システム or 事業別システム
     30年も前の話になるが、郵政省の幹部会議で郵便、貯金、保険の各事業のIT基本計画が議論されたことがある。今流に表現すればDX戦略会議となるだろうか。郵便・貯金・保険の郵政三事業の事業別の基本的な計画案に対して、幹部たちは、「なぜ事業別にコンピュータを使用するのか? 郵便局は三事業一体の経営である。統合して規模の利益を追求すべきだ」という意見で、専門家の案を頭から否定してしまった。困り果てた専門家たちは、以後、IT計画案を幹部会議には上程せず、各部局内で意思決定をし、大きな戦略を議論することがなくなった。幹部たちの意見は、原則論としては正しかっただろうが、複雑かつ過去の積み上げの上に構築されているシステムの大幅な変更は不可能であり、その生半可な知識が以後のディジタル化に災いを及ぼしたことは否定できない。
     銀行の合併統合でシステムが一番問題になることがよく知られている現代では、いくら無知な幹部たちも、かつてのようにシステムの統合化一本槍の暴論で担当者を責め立てることはないだろう。しかし、複雑なITの世界で、世の中に知られた問題事例などは稀である。長い時間と資本を投じて積み上げられてきたシステムには、単なる一般原則論が通用しない重みがある。生半可な知識の経営者のもとでは、専門家たちは、議論を避けるため仕方なくタコ壺化する。しかし、IT専門家だけでディジタル化を行うと、ますます専門馬鹿になって方向性を見失うリスクが高い。経費と効果のバランスも見失うことになろう。各部署の抵抗の強い業務の改革は忘れられ、既存のやり方をディジタル化することだけになりがちになるから、ディジタル化した結果、構築されたシステムがその後、伝統と悪弊に縛り付けるためのものにもなってしまう。
    責任の所在
     日本最大のシステムとなるといわれた郵貯のオンライン・システムの開発は、いったいどこが受注するのか話題になった時期があった。しかし、郵政省はNTTに丸投げして、ベンダー選択という重い責任を避けた。そのNTTは、NECや富士通に丸投げして開発を進めたのが実情であった。もちろん多数の人員を投入して開発せざるを得ない力仕事であるから、下請けに出すことは当然だが、それだけが理由ではない。開発責任者たちが責任を取らなくてもよい体制づくりを望むことも一因があると思う。
     驚いたことに、この責任の回避は国際的にも行われている。知識やノウハウのないITUが、某小国の制度・システム作りを請け負った事例がある。その国にとっては、国際機関は神聖なところで汚職などの疑惑の追及を避けられ、担当者や政権には都合がよいらしい。
     かつての富士通やNECなどの通信機・コンピュータメーカーは、今や「ソルーション」と称して、各種のシステム作りを本業としている。内実は、SAP(ドイツのSAP社が提供する企業内のすべての業務を一元的に管理するシステム)の代理店業務が中心になっている場合もある。大部分の企業は、社内に十分な専門家がいないため、このようなサービスに頼らざるを得ないのが実情であり、仕方ないことだ。しかし、ITは組織全体に重要な影響を及ぼし、企業の命運を決するものである。経営者が、経営者としてIT化に責任を取った意思決定を行っているなら、業者に任せてしまうということは、とてもできないことではないだろうか。ITは、技術専門的な側面が強いだけに一般人にはなかなか理解ができにくい。それが故に、経営者が事実上責務をまったく放棄している状態になっていることさえも認識されないことが方々で起きているのではないかと心配である。
     今日、経営トップのITに対する理解度が社運に大きな影響を与えることは明らかだ。適切なディジタル化を、適切なタイミングで最小のコストで行うためには、専門家や専門業者任せでは無理である。世の中の流れや経営環境、その企業の経営戦略など、高度な将来予測力、判断力と経営センスが要求される。残念ながら従来の日本では、様々な理由で専門家任せとなりがちで、このような経営的な判断が十分にはなされなかったように思える。その結果、ITは、経費ばかりかかって効果が少ない、サービス改善になってない、足枷となって業務改善ができないなどの弊害がでてくるケースも多かったと思う。それが、ディジタル化の促進を重要視しない傾向の増長にもなっていたのではないだろうか。このような反省から、DX(デジタルトランスフォーメーション、ディジタル化で経営改革を行う)という言葉が編み出されたとすれば、その趣旨が強調され、問題の解決に努めなければならない。経理や企画、研究開発などと並んで、横櫛となるIT分野が、どんな企業でもトップ育成の重要な場にならなければならない。
    無知に悪乗りする業者
     ITUでは、無知に付け込む業者の悪企みに遭遇したこともある。加盟国の分担金削減により財政危機に陥ったITU事務局に対して理事会は、経営能率が悪いからだと決めつけ、コンサルタントによる職員の徹底的な作業分析と時間管理の調査を開始した。そして、コンサルタントの勧告はSAPの使用であった。そもそも国際機関のような国際情勢に応じて政策的な判断をして業務を行う組織に対して、定型的な業務を行う組織の職員同様の時間管理を行うこと自体がナンセンスである。そのことを訴えると、コンサルタントは、にやっと笑って「我々も商売ですから」と答えるありさまである。ましてや非定形で、かつ、国連機関特有の規則に縛られている業務やポストに、どのようにして民間業務用に開発されているSAPを導入するのか? 要するに、何でもいいから「SAPに丸投げしなさい」という無謀な勧告であった。
     それより数年前からITUでは、ジュネーブに位置する他の国際機関と人事や調達関係等の共通的なルーチン業務に関するシステムを共同開発、共同利用することを検討していたが、各機関の財政状況の違いなどにより頓挫していた。ただ、民間会社の業務に適したSAPの活用などは、論外であった。
     SAPが欧州出身の理事会メンバーやコンサルタントと組んで、理事国の意思に左右されざるを得ないガバナンスの悪い国際機関を、関係者の無知に乗じて食い物にする企てだと見抜き、事務総局長として敢然と拒否した。おそらくSAPは国際機関の共通的な業務に販路を拡大するために、ITUを突破口にしようと考えたのだろう。結果、ITUは更なる財政負担から救われたが、その後、欧州の理事国から、ことごとく事務総局長提案の案件に反対されて、苦労させられた。理事国の意見を聴かない事務総局長に対するしっぺ返しだったのだろうか。
    進まない地方自治体のディジタル化
     経営者が生半可な知識さえも持ち合わせてないため、非能率かつ発達が遅れているのではないかと思われるケースもいっぱいある。全国に約1700の市町村があるが、そこで行われる基本的な事務は、全国共通である。しかるに、それぞればらばらのシステムで、メーカーやプロバイダーが異なる。もし、各自治体が共通のシステムを使用していたならば、よほど経費の節減や事務の効率化が進んでいただろう。自治体システムの共通化は、郵政3事業の統合とは比較にならないほど容易なはずだ。なぜなら、郵便、貯金、保険という全く異質の事業の事務の統合に対して、個別の地方自治体ごとに行っている同一業務の事務を共通のシステムに統合することであるからだ。しかし、こんな簡単なことさえ、未だに実現してない。
     国税の確定申告にはe-Tax システムがあるが、自治体の住民税の申告のIT化はまるきり進んでない。このような自治体のIT化の遅れは、いろいろ理由はあろうが、各首長や、自治体を束ねる自治省幹部が、ITに弱かったからだと言われても反論はできないだろう。
    マイナンバーカード連携の混乱
     最近、マイナンバーカードにまつわる支障、例えば別人の住民票の発行、ポイント付与の間違いなどの不祥事に対して、ディジタル担当大臣が即刻システムの一斉停止を指示する報道は、トップの無理解によるやや滑稽な事象であるようにも見える。実情はわからないが、はた目には、人為的なミスが大部分で、どうやらシステム上のバグなどが原因の場合は少なさそうである。システムの停止に反発した自治体もあったと聞いているが、システム担当者からすれば、なぜ停止しなければならないのかと不満だったに違いない。
     同じミスが起きても、ITとは関係のない業務でのミスの場合には、あまり問題にはされなかったことだったのではないだろうか。大騒ぎをして余計、マイナンバーカードへの不信や混乱を招いているように見える。
     最近、更に多くの誤りが発見され、その具体例が報道されて、原因も具体的になってきた。多くは、これまでの行政サービスを、急速にマイナンバーカードに連携させようと、人海戦術で入力する際に起きているようである。短期間に大量の入力作業で、担当者は疲弊しきっているとの報道もある。
     マイナンバーカードに連携されることによってどれだけのメリットがあるのか、それに要するコストや作業量はメリットに値するのか、更に、急を要することかどうかなどの基本的な検討もなく、闇雲にカードとの連携を急ぐ様は、たとえ政治的な判断だったとしても、トップの無知・無理解のなせる業ではないか。と同時に、何が何でも起きた問題を解決させるのだという態度自体も、無知・無理解を露呈していると思う。入力ミスをできるだけ防げるようにシステムを改善することは無論だが、何をさしおいても、現行よりはより便利になり、行政能率も上がるというITの鉄則を忘れてはいないだろうか。それには時間をかけて、間違いのないよう、ゆっくり連携を図り、新しい仕組みに国民が慣れることが肝心である。このような事務的なことに総理や大臣がしゃしゃり出て、連携を急がせること自体が異常である。
     「マイナンバー情報総点検本部」なるものの立ち上げも、漫画チックに思う。すべてがディジタル化の目的を忘れてしまっていると思う。要は、多少のミスや失敗があっても便利になり、行政能率も上がるかどうかである。このような事務的なミスや失敗に、総理や大臣が陣頭指揮をすべきことだろうか。もし彼らが登場するとするならば、延期ないしは中止などの大決断をする時ではないか。
     政府は、なんの問題もなく動いている紙の健康保険証を闇雲に廃止して、マイナンバーカードに置き換えようとした。マイナンバーカードが使えない人には、どうするのかと問われ、急遽、代わりの資格確認証を発行するという仕組みを考えた。そして、そのために法律まで改正して、来年までに強行するということだ。各方面から指摘されているように保険証の代わりにマイナンバーカードを使用することのメリットはほとんどない上に、むしろ問題が多発することが明らかになっている。マイナンバーカードを全国民に普及させることを無理に強行すると多くの弊害が起きることが理解できてなかったトップが、起きた問題を強権的に解決しようとするから、なおさら問題が噴出しているように思える。
     マイナンバーカードを使った方が、いろいろ便利なことがあるということで、自然に皆がカードを保険証の代わりに使用するようになるというのが本来のあり方だと思う。マイナンバーは既に全国民に付与されている。それで十分所期の目的は果たしている。もちろんカードが全国民に普及すればもっと便利になるだろうが、そのために保険証を廃止して多くの国民や医療機関に不便なことを強制するのは、本末転倒だ。(続く) 



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