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    アーカイブ やぶ睨み「ネット社会」論Ⅱ 2022/04/03 内海 善雄
    ロシア人は自軍の極悪非道を本当に知らないのか?
     ロシアのウクライナ侵攻の痛ましい状況は、テレビで専門家の解説とともに逐一報道され、我々西側の者はほぼ正確に状況を理解していると思われる。一方、ロシア国民は、厳しい報道規制により政府のプロパガンダ情報しか知らされず、また、インターネットが西側と遮断されたり、SNSが使えなくなったりして西側の情報が得られず、ロシアはウクライナで聖戦をしているとばかり信じていると報道されている。しかし、それは本当だろうか? 
     ソ連崩壊の1年前、NHKの海外短波放送「ラジオ・ジャパン」をソ連の無線局で中継してヨーロッパでよく聞こえるようにすべく、モスクワに赴き交渉したことがある。モスクワ郊外に地図にも記載されてない秘密の町があり、そこには巨大な無線局がある。軍事施設なのでごく一部の人しか知らない。
     ソ連政府に交渉すると前向きの返答であった。そこで、施設を実地に見るべく、モスクワから車で2時間ぐらいかけて現地に行ってみた。地平線まで乱立したアンテナしか見えない広大な敷地の中に、第2次世界大戦中、前線のパルチザンと通信をしたという記念碑があった。ところが、責任者が、「ここはロシア国の所有物で、ロシア国と交渉しなければならない」という。
     ソ連政府はソ連の物、ロシア政府はロシアの物というので、話を進めることができなかった。当時は、ソ連経済が疲弊していて、いたるところで商品を求めて行列ができていた時代であった。アンテナ利用の交渉はできなかったが、しかし、通信省で住民のテレビ視聴状況を調査することはできた。衛星放送の受信は禁止されていた。ところが、アパートの窓や屋根の上にはパラポラが林立しており、明らかにCNNやBBCを受信していた。更に驚いたのは、CNNに地上放送チャンネルを売り、普通の地上放送テレビでもCNNが受信可能とのことであった。
     東ベルリン、プラハ、ブタベスト、ワルシャワにも足を延ばして調査したところ、同様に衛星放送受信は禁止されていたが、アンテナは林立していた。東ベルリンで通訳をしてくれた若い女性にどれだけ西側の情報を受信しているか尋ねたら、「いつもテレビ放送を見ていて、西側のことは全部知っていると思う。しかし、自分は、今のところ生活の保障がある社会主義の現状の方がよいと思っている。」とのことであった。西側の情報が垂れ流されていたなら、やがて共産圏は崩壊すると確信したが、まさか1年後だとまでは予想できなかった。
     最近はロシアへ行ったことがないので、住民の衛星放送の受信状況はつまびらかではないが、当時とそれ程異なっているとは思えない。たとえ監視を厳しくしても、アンテナをプラスチック版などで隠せば違法受信は簡単だ。公式には衛星放送を受信していないことになっていても、実際は西側の放送を見ている者は多いに違いない。
     更に、ヨーロッパでは短波放送が盛んであった。BBCの短波放送のニュースは定評であった。私も、ジュネーブで毎朝出勤途上、カーラジオでBBCのニュースを聴いていた。インターネットが発達した今日、短波放送を聴く人は激減しているが、ラジオ・ジャパンをはじめ、BBCなど世界各国の海外放送はまだ健在である。冷戦時代にはジャム(妨害電波)を出して、受信を困難にしていることもあったが、最近はあまり聞かない。物を大事にする欧州人は、古臭いラジオ(大抵は短波放送も聞ける)も大事に所持しているに違いない。ロシア人の中にも短波放送から海外の情報を得ている人もいるだろう。メディアが、「インターネットを遮断して情報統制している」と宣伝すると、いかにもロシア人は正しい情報を全く得てないように思いがちだが、情報源はインターネットだけではないのである。
     メディアは、何をはき違えているのか「インターネットのおかげでXXが起きた」と短絡的に説明すると箔があるように思っている。10年前にチュニジアで起きたジャスミン革命では、インターネットのSNSが革命を起こし、新しいディジタル時代に入ったと喧伝された。「SNSで容易に情報が拡散し、デモが組織された」と分析・報道したのでSNSというものを初めて知った人も多かった。しかし、この分析は間違いだと思う。
     私は、国連情報社会サミットをチュニジアで開催するための準備で、何度もチュニジアへ行き、大統領をはじめ政府要人と交渉し、準備の指揮を執った。その過程で、準備作業をしている国連職員のPCでさえ、ジュネーブ本部と自由に接続できないほどインターネットがコントロールされていた状況を肌で経験した。とてもデモの呼びかけのSNSが自由に通信できたとは思えない。また、肝心のPCの普及台数もまだまだ限られていた。スマホはまだ出現してなかった時代である。
     それでは、どうやって急速に反政府運動のデモが各地の起きたのか? チュニジアでは、その当時、GSM(ヨーロッパ規格の携帯電話)が急速に個人まで普及し、彼らは、ほぼ24時間、いつも誰かと電話を掛け合って楽しんでいた。多人数の音声通話の内容を識別してコントロールすることは非常に難しいから、反政権デモの連絡は何のコントロールもなく自由に人から人へと広がったに違いない。GSMはディジタル方式ではあるが、100年の歴史のある古臭い電話である。
     以上のようなことを考えれば、かなりの数のロシア国民は西側のメディアから情報を得ていることが推測されるし、物価高や外国商品が消えた市場に直面した国民の間では、その原因である経済制裁やウクライナの戦況を友人間で口伝に聞いているに違いない。しかし、プーチン政権に対する支持は、ウクライナ侵攻後、急速に上がっている。まだまだ西側の情報よりも、心地よい政府のプロパガンダの方を信じているのだろう。よほど日常生活が悲惨になり、戦死者が増えて、初めて「おかしい」と目覚めるのではないだろうか。たとえ目覚めても、簡単に反プーチン体制になるとは限らない。無条件降伏をした日本の最大の国家目標が、「国体護持」であったことを鑑みれば、ロシア国民に対して偉そうなことは言えまい。
     しかしながらウクライナの惨状は、プーチンが正気に戻るか、あるいは失権しない限り続くだろうから、ロシア国民が一日でも早く目覚め、反プーチン運動を起こすことを期待せざるを得ない。あらゆる手段を通じて、正しい情報を送り続けることが我々の責務だと心の底から思う。
     



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