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客員研究員・山川 鉄郎 アーカイブ フジサンケイ広報フォーラム エッセイ 2024/01/10
2025年に卒業する学生の「就職人気企業ランキング(学情)」が面白い。ベスト10に講談社、集英社、任天堂、KADOKAWA、小学館とコンテンツ系の企業が並んでいる。確かに講談社の売上はこの5年間で43%伸びている。出版全体の市場規模(2022年)を見ると、ピークの1996年から雑誌で約7割、書籍は約4割減少にもかかわらず、である。
成長をけん引しているのは、電子書籍(2022年市場規模5,013億円)、それに動画配信(同5,305億円)、ゲーム(同2兆316億円)などのインターネットコンテンツだ。これから社会人になる若者が目指すのもここなのだろう。
がしかし、心配なことがある。われわれオジサン世代(おじいさん世代)が教わった「情報」のあるべき姿は「一覧性・網羅性・正確性」だった。多くのインターネットコンテンツはこの要件を満たす「情報」ではない。電子書籍の9割はコミックだし、動画もゲームも違いそうだ。だとするとこれから10年後に我々はニュースや突っ込んだ分析を得ることが難しくなっているかもしれない。
かって情報の重要な供給元は新聞やテレビだった。しかし新聞の発行部数はこの20年で42%減少。2022年は3,084万部で前年度218万部減。テレビ離れも進んでいる。若い人はSNSでニュースを見るというが、世界的にみても新聞やテレビの利用機会減少は、オンラインやSNSでは埋めきれていない(オクスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所「デジタルニュースレポート2023」)。
不完全な形でしか情報を得られない社会で健全な民主主義が成り立つことは難しい。さらに心配なのは、ネットユーザーの一部がニュースを忌避していることだ。レポートによれば、世界的に約36%の人が「意識的にニュースを避けている」傾向にある。私たちの社会の「民主主義・基本的人権・法の支配」という価値観は、社会が正しい情報を共有していることが大前提である。一抹の不安を感じている今日この頃である。
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